この中で著者は再三にわたり、人間が共同体を作ることで繁栄して来た種であるが、オウムや9.11以降の世界はその負の面が露骨に現れてきていると述べている。
共同体の負の面とはその共同体の価値観にそって人間が自らをそこに溶かし込み、その価値観に属さない他者へ関わるときに、相手のことをよく見ないで共同体の価値観で判断してしまうこと、という風に私は捉えた。
往々にしてその価値観はその共同体の「正義」となる。人が「善意」でなにか物事を行なうときには自分の「正義」に照らし合わせるものだが、その「正義」がもし、一方的な判断だとしたらどうだろうか?
人間は善意という名で残酷なことができるという著者の指摘はそのあたりから来るのではないだろうかと思った。
攻撃しようとする他者が同じく笑い、泣き、家族もいるという人間であること、この想像力が失われてきているのは社会全体が疲弊してきているのかもしれない。
多数の犠牲者を出した犯罪は法によって裁かれるべきものであって、悪い事は悪いのである。だが“ポアさせる”という“善意”から事件を起こしたオウム信者のことを自分たちは果たして別の種類の人間だと言い切ることができるのだろうか?
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