2008年02月29日

意識と本質 井筒俊彦

事物の誤りない認識のために「定義」の絶対的必要性をソクラテスが強調していらい、思惟対象あるいは認識対象の「本質」をきわめるということが西洋哲学伝統の主流の一部となってる。それが「本質」論として主題的に取り上げられるかどうかは別として、「本質」の問題性は西洋哲学だけではなく、東洋哲学でも「本質」またはそれに類する概念が言語の意味機能と人間意識の階層的構造と聯関して著しく重要な役割を果たしている、と著者は言う。人間意識の様々に異なるありかたが「本質」というものをどのようなものとして捉えてるのか。
本居宣長の「もののあはれ」から禅、易、密教、イスラーム哲学、カッバーラなどなど、幅広い分野にわたり、その「本質」のとらえかたを分類し、論じている。
紹介されてる東洋思想そのものにあまり明るくない私でもそのエッセンスというものがわかりやすく書かれていて、面白い。
事物が分節されずに1つと認識される「ゼロ・ポイント」と著者が呼んでいる状態についての記述にビッグバン理論などたわいのない連想をしてしまったが、読む人が読めばいろんな着想が得られるのは想像に難くない。
この本は図書館から借りてきたのだが、1度だけでは読み込めないのであらたに本屋に注文を出して、購入する予定。
来るのが楽しみだな。
意識と本質―精神的東洋を索めて (岩波文庫)
意識と本質―精神的東洋を索めて (岩波文庫)井筒 俊彦

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posted by てけすた at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 本のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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