2017年02月07日

過去記事から―エリ・ヴィーゼル著 「夜」

人間の理性も自然の本能の一部なんじゃないかなあ、と思う今日この頃。
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2011.3.12の再掲載です

ちょうどこの本を読んでいる最中に東北地方太平洋沖地震が発生した。
その凄まじい津波は対策を立てていた想定以上のものではなかったか。
名取川から畑へと侵入してくる大水は自然の非情さをまざまざと見せ付けたのである。

『夜』はナチスドイツによって強制収容所に送られた少年が後日大人になってからその体験をノンフィクション小説にしたものである。
彼の体験は自身の中での神の死という結末に至った。
この悲惨な体験は純粋に人間のもたらしたものであるけれども、人間といえども自然の一部である。その非情さは時に襲い掛かるものに想像以上の猛威を振るうことがあっても実はおかしくないのかもしれないと、そんなことを考えた。

もちろん、人間は自然に対抗すべく社会を形成してきた生物である。
であるからその猛威を自ら調教して緩和しなくてはならないことが期待されるし、それはうまくいっているようにも見える。
だが、やはり自然の一部である人間が理性を逸脱してその残虐な面をむき出しにすることがあるというのを忘れてはいけないのだろう。丁度自然災害の猛威を忘れてはいけないように。

冒頭、先に強制収容所に送られてた外国のユダヤ人が戻ってきて住民に警告する。だが、住民たちはそれが人間として考えられないことなので信じない。これを住民が楽天的すぎるとか考えてしまうのであるが、いや、でもどうなのだろう。自分もやっぱり信じられないと思ってしまうかもしれない。

ナチスを断罪することはたやすいけれども、断罪したからといって将来絶対にこのようなことが起こらないという保証は残念ながら私には考えられない。
ただ、いえるのは一人ひとりが理性を失ってしまわないよう注意深くなること。
しかし、それでも自然の猛威は時に人間の心の中で振るってしまうことがあるだろう。
だがやれるだけのことはやるしかないのである。
ユングが言っていたのはおそらくそういうこと。
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ラベル:ナチス
posted by てけすた at 14:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (翻訳もの) | 更新情報をチェックする
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