2011年05月03日

心の病理を考える 木村敏

木村敏2冊目。今回の本は前に読んだ『時間と自己』からさらに話を発展させて、生命論や進化論のことにまで及んでいる。著者自身は私小説ならぬ私精神病理学を書いてしまった、とあとがきで述べていたが、これがかなり面白かった。
『時間と自己』においては「コト」「モノ」を時間の捉え方という観点から論じていたのだが、この本の中に出てくる生命論では個別の生命ビオスと集団の生命ゾーエーという観点を提供して、話を進めている。
私たちは自分個人の命をかけがえのない一回きりのものだと思うのと同時に、種全体としての無名性の中の命というものも持っている。これは魚や鳥の群れなどを考えるとイメージしやすい。まるで一つの生き物のように振舞うその群れのように、人間もまたそういう一面があるという。そして自己とはその個別と集団のあいだの懸け橋それなのである。ニーチェは人間は橋だとかいうことを「ツァラトゥストラ」かなにかでいってたような気がするが、それのことだと思う。さらにすすめて、統合失調症(精神分裂病)はその「あいだ」の病理ということがいえるのではないかというのである。この「あいだ」というイメージは個別と集団だけに限らない。こころとからだについても同じようなことがいえる。これは私の解釈違いかもしれないが、共時性という言葉があるけれども、こころとからだの相即関係は共時性ということなのかな、なんて思った。
例えば心身症について、あれは心が原因で体が不調になったとかいう因果関係ではなくて心がこういう状態のとき、体がこんな状態である、という風に考えたほうがいいのだろう。そうすればよくある気合論などは誤解の上に成り立っているともいえるし、また体の病にしろ心の病しろすべてがからだの異常からきていているのだからなんでも薬でOK、という考え方にも限界があるということがおのずから理解されてくる。
進化論についてはさらにSFみたいで面白い。分裂病ウイルス説を紹介して、人間の今ある自己認識という働きももしかしたらウイルスによる変異によって起こったものかもしれない、ということを書いている。これはにわかには肯いがたいがあり得ないことではないとも思わせる。まあ、胃潰瘍だってピロリ菌が見つかる前にはストレスなどが原因だとされてきたものなあ。世の中にはまだまだわからないことが多いのであります。
心の病理を考える (岩波新書)
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ラベル:人間
posted by てけすた at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (国内) 小説以外の著書 | 更新情報をチェックする
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