2008年11月26日

病者と健常者

先日、精神疾患の人がやっているブログを見かけた。
そこの管理人さんは、3人のお子さんをもつ女性で、十年だかそのくらい前に統合失調症にかかり、子供を施設にあずけるとか、あずけないとかいろいろ悩んだがそのまま子育てを続けてきたという。
そして、今年になって主治医から「治った」という宣言を受けてはいるのだが、その後子育てなどで、健常者として生きていく苦労で押しつぶされそうになっていると心情を書いていた。
その中で管理人さんは、自分よりいい暮らしをしている障碍者に対しての嫉妬心を自分でも認めながら、健常になってることのほうが、障碍者として生きるより辛いのではないか、という意味のことを書いていて、この人はもしかして健常ということにものすごく高い理想をもっているのではないか、と感じた。
でなければひょっとして治ったといっても病み上がりだし、まだ無理できないところを無理してるのかもしれないし、あるいは症状が消えたというだけで過敏な部分が残ってるのかもしれないし、それはなんともいえない。
自分の喘息と引き比べるのは適当ではないかもしれないが、喘息の人が健常者と同じ距離を同じ速度で走るにはどうしても無理がかかる、っていうか、できない。
(薬でかなり調子が良くなればそれはできるけど。)
病気のことを知らない他人がそんな様子をみて、怠けてるとか甘えてるとかいうんだけど、精神疾患も実はそれと同じではないかと思うのである。
ただ、肉体でなくて社会性に関わるところなので、病気だとはみなされず、健常者と同じことをできない人に対して非難の目をどうしてもむけてしまいがち。
この認識は精神疾患をもつ当人にすらあることがまま見受けられ、彼女もその認識で恨む筋合いでないところを恨んでいるようにみえる。

アスペルガー障害をもつニキ・リンコさんの対談本を少し立ち読みしたことがある。
その中で、「健常者ってこんなにらくに判断してるんですね」といったような意味のことをしゃべっていて、興味深かった。
他人の主観というのはなかなかわかりにくいものだ。
生活していくということはどんな人にとっても苦労は絶えない。それを目に見えるところだけで判断して、嫉妬に苦しむのを見ると同情に堪えない。
どなたかいい相談相手を見つけるか、主治医にもう一度病気について相談してみたほうがよさそうに思える。

と、まあ見知らぬ他人が偉そうに本人に説教したところで、うまく伝えられる自信もなし、かといって心に溜め込んでおくのもなんだしなあ、と、インターネットに放りこんでしまいました。
タグ:病気
posted by てけすた at 11:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記その2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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