2014年07月04日

ブッダ 手塚治虫

『聖☆おにいさん』に影響されて、手塚治虫の『ブッダ』を読んでみた。ブッダそのものの生涯というより、彼を取り巻く人々の愛憎劇といった感が強い。まあそれだけにいろんな人が出てきて面白いのであるが。

その中で一番印象に残ったのはアッサジという少年。彼は猟師の子で、親がブッダにこの子を弟子にしてくれとたくしたのだが、途中瀕死状態に陥り、回復後に予言能力を持つようになる。自らの命があと10年、しかも親の業のために獣に引き裂かれて死ぬということを知った彼はそれでも淡々と生きていく。
そして、その日、彼は飢えたオオカミに自分の身を捧げるのである。

このエピソードを読んだとき、私は明恵上人のことを思い出した。『明恵上人伝記巻上』に次のくだりがある。
十三歳の時、心に思はく、今は早十三に成りぬ、既に年老いたり、死なん事近づきぬらん、老少不定の習に、今まで生きたるこそ不思議なれ、古人も学道は火をきるが如くなれとこそ云ふに、悠々として過ぐべきに非ずと自ら鞭を打ちて、昼夜不退に道行を励ます。或時は後の山の木の空に木の葉不覚積れる上に常に行きて座し、或時は見解をとる様、かかる五蘊の身の有ればこそ、若干の煩苦しみも有れ、帰寂したらんには如かずと思ひて、何なる狗狼野干にも食はれんと思ひ、三昧原へ行きて臥したるに、夜深けて、犬共多く来りて、傍なる死人なんどを食ふ音してからめけども、我をば能々嗅ぎて見て、食ひもせずして犬ども帰りぬ。恐ろしさは限り無し。此の様を見るに、さては何に身を捨てんと思ふとも、定業ならずば死すまじき事にて有りけりと知りて、其の後は思ひ止まりぬ。…

それで、仏典にアッサジの話があるんだ、どの仏典にあるんだろう、読んでみたいな、と思いつつ最後まできて、作者のあとがきにぶっとんだ。
アッサジは手塚治虫の創作キャラクターだというのだ。
ということは、このエピソード自体がフィクションということになる。
いやあ、作者は明恵上人のこのエピソードを知っていたのか、でも知っていたらここからエピソードを借りたとか書くよなあ。
ということは……
などと考えて、改めて手塚治虫がなぜ天才といわれるのか、その一端を垣間見たような気がした。
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posted by てけすた at 05:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (漫画絵本など) | 更新情報をチェックする

2014年07月01日

1014年6月読了本

期間 : 2014年06月
読了数 : 12 冊
パピヨン  死と看取りへの旅 (角川文庫(学芸))
田口 ランディ / 角川学芸出版 (2012-04-25)
読了日:2014年6月26日
E・キューブラー・ロスのことに興味を抱いたのと、父親の看取りが重なったことは世の中には何か見えないつながりがあるものだなあと、感嘆する。それにしても父親の凄まじい闘病生活と、その性格ゆえに憎んでいた父を看取る著者の奮闘振りは読み応えあり。それにしても、ロスが医学会から排除されたことについては中世の異端審問とそれほど変わらないじゃないか、とか思った。人間はその時代に流布する価値観から逸脱しようとすると激しく叩かれる、という点は全然変わってないじゃないか、論理的であることと感情が乖離している人間の姿。
癒しの手―宇宙エネルギー「レイキ」活用法
望月 俊孝 / たま出版 (1995-10)
読了日:2014年6月22日
レイキってもともと日本で始まったものなのね。別に禅のような神秘性だけじゃないとは思うが欧米で流行った理由ってなんだろうな、とあまり本文と関係ないことを考えた。アメリカあたりじゃ健康保険がないことと絡んでるのかもしれないけど。
寄る辺なき時代の希望―人は死ぬのになぜ生きるのか
田口 ランディ / 春秋社 (2006-09)
読了日:2014年6月21日
認知症、精神疾患、放射能、水俣、どれもこれもが簡単に理解するのが難しい。著者は共感しがたいこれらのことについて正直に述べており、わからないと少々後ろめたくなる人にはなんだか救いになるような内容だ。といっても無理解を押し通すのでなく、行動力で当事者たちと分かち合おうとする姿勢が凄いなと思う。
「あの世」の準備、できていますか?
矢作 直樹 , 田口 ランディ / マガジンハウス (2014-05-08)
読了日:2014年6月17日
霊的な話もあったけど、どちらかというとそれは一つの価値観であってこの本のメインではなかった。それよりも、死ぬ人を看取ること、死ぬことについての話。家族の人数が少なくなってる中でどう家族の死を看取るのかということがランディさんの体験を通して参考になる。浮世の義理はなかなかに大変だな、と自分なんかは思う。
人間になりかけたライオン
シェル・シルヴァスタイン / 講談社 (1997-11-26)
読了日:2014年6月17日
なんというかラストは哀れだなあ。そのまま金持ちになりたがる人々への警鐘ともなりうるけれどもね。
男の肖像 (文春文庫)
塩野 七生 / 文藝春秋 (1992-06)
読了日:2014年6月16日
信長と秀吉の関係についてまるでボーイズラブのような妄想が炸裂していて面白かった。この著者のエッセイはこういう妄想炸裂部分が面白いな。チャーチルの「不名誉なことをしながらも高潔さを維持できる男」という評はなんかかっこいいと思った。あと関係ないけど「男の~~」っていう表題は池波正太郎あたりがつけそうなタイトルだな。
abさんご
黒田 夏子 / 文藝春秋 (2013-01-20)
読了日:2014年6月14日
abさんごは詩的だと思う親子とそれに割り込む同居人の話とか、ふるい家の追憶とかそういったものが美しい。だが、私は併載されてるタミエシリーズは人の心の弱さというか、そういう形で自分を守るタミエという子の描き方に安易な共感を許さない文学を見て、こちらのほうにむしろ興味をもった。
新装 ぼくを探しに
シェル・シルヴァスタイン / 講談社 (1979-04-12)
読了日:2014年6月14日
この絵の主人公が男性に見えない。円も欠けてるというのもみんな女性的ではないか。だから「ぼく」という一人称に違和感を覚える。確かに冒険しているのは男性的なんだけども。まあ画いた人が男性だから仕方ないのかな。
軍師竹中半兵衛 (角川文庫)
笹沢 左保 / 角川書店 (1988-09)
読了日:2014年6月13日
半兵衛の淡々として、ただ己の才覚を生かすために生きること。出世も国取りも目指さないというのは戦国時代の人物としてはかなり異色である。こういう人物の描き方はかなり難しいと思うが、なかなか面白かった。ところどころに登場する作者自身の無常観がよい。
今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社知恵の森文庫)
岡本 太郎 / 光文社 (1999-03)
読了日:2014年6月8日
先行する文化の型を打ち破って自分の自由な作品をつくることを熱く語ると同時にその自由とはいかに難しいものかということも忘れずに指摘してくる。芸術と芸事は同じものでなく反対のものだということを読んで、気づかされたこと。“国粋主義者ほど日本のよさを主張するときに、「外国人がほめた」などという理屈に合わない証明のしかたをしたがるのです”という一文は岡本太郎らしいなと思った。
精神科治療の覚書 (からだの科学選書)
中井 久夫 / 日本評論社 (1982-04)
読了日:2014年6月5日
“「狂気の復権」も「病気との共存」も、安全な岸の高みから患者でないものが語ることではないように思う。それは社会にむかっての発言にとどめられるべきだということである。”という一節にはっとさせられた。病気との共存、などということは近頃よく言われる言葉だけれども、それを当事者たちに強いていないかどうか、共存が可能ならそれに越したことはないけれども、安易ななぐさめの言葉に墜ちていないかどうか、ということを考えさせられる。
オカルト  現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ
森 達也 / 角川書店(角川グループパブリッシング) (2012-04-10)
読了日:2014年6月2日
科学で完全に解明できるならそれに越したことはない。いつもながら線引きが難しいものへのルポは興味深いが、著者自身としてもう少し踏み込んだ感想があるとよかった。
posted by てけすた at 06:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (その他雑談) | 更新情報をチェックする