2013年11月26日

カウンセリングと人間性 河合隼雄

本書はカウンセリングの技術というよりはカウンセラーとして考えておいたほうがいいという事柄を集めたもののように私には見える。カウンセリングにおいて嘘と真実はどう扱うのか、偏見については?、責任感のことなどの話から、ロジャーズ理論やユング派の視点からみる自殺についての象徴的意味についてまで、話題が多彩である。

参考になる部分はたくさんあったけれども、私が一番興味を惹かれたのは「適応とは何か」という講演記録の項であった。
適応というと、つい環境に対することを考えてまあ社会生活がそれなりにうまく送ることができていれば適応していると考え勝ちであるのだが、人間を考えた場合に、その存在は常に可能性に向けて開かれ変化しようという衝動があり、現在の生活と、人間の内部に起こる可能性への衝動にズレが出てくると不適応という形になる。
これに折り合いをつけてゆくことが結局適応ということになるだろう。可能性に近づいて高い次元での適応を為すのも大事なのだが、無限の可能性に惑わされず、身の丈にあった生活に落ち着くこともまた大切である。
とまあ、こんな感じで捉えたのだが、最後の節に「死んでゆく私」というタイトルがついている所、ここにある文章が心に残った。
…肉体的にだんだんと衰える、下り坂を下ることのなかに、人間としての成長を見出すという逆説を生きることを考えなくては本当の意味での老人の適応ということはありえないと思います…(p183)

私はまだ老人という年じゃないのだけど、よる年波でいろんなところに体の不調を感じ始めている年代で、このことを痛切に感じるのである。老化を遅らせてなるべく元気でいることも大切だけど、いずれ死ぬ身、その考えだけに凝り固まると問題の先送りにしかならんのではないか、と常日頃思うようになっていたのでね。
カウンセリングと人間性
カウンセリングと人間性河合 隼雄

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タグ:心理
posted by てけすた at 19:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (国内) 小説以外の著書 | 更新情報をチェックする

2013年11月24日

不穏の書、断章 フェルナンド・ペソア

芸術や文学を論じるときに、どこぞの精神科医らが病理学的に分析するのはあまり好まないし、それは自分の理解しにくいものをそういうレッテルで分析した気になってしまうところが落とし穴だと思っている。で、自分はやっぱりペソアの文章をよく理解できてなくて、病理的なレッテルで分類してしまいたくなった。
ペソアの世界は離人症的である。すべてが何かしら自分とは関係なく感じられそれに伴う情動が剥ぎ取られたような世界。だが、ペソアのいう「人生と私の間に挟まるガラス板」が割れたとき、そこにどんな光景が見られるだろうか?

私はその光景を密かに河合隼雄が「影の現象学」で書いていたように、一般の人が気づかないが、恐ろしく生々しい地獄の世界が広がっているのではないだろうかと思う。離人症の人はしばしば血なまぐさい夢を見るようだ。それは生き生きとしたものが感じられない人生の補償なのかどうかは知らないし、ペソアも夢にたびたび言及しているが、彼がどんな夢を見ているのかは誰にもわからないことだ。

ああ、だからといって、ペソアがそれを見るだけで実際触れることがないので倦怠しているとかそういう話なのではない。もともと人は「行動」するためにそういうものは見なくてもすむような精神構造になっているだろうし、そういうものを見てしまうもの、そしてそれを表現せずにはいられないものが文学なり芸術を生み出す。ただ、ペソアは徹底してその表現すらも「倦怠」するものとして退けてしまう。すべては虚構である。「無常」すらも。そこに、我々が普段疑ってもみもしない自らの感覚から得られる枠組みを破壊する言葉をつむぎだす。
…私はあまりにしばしば自分自身の虚構となってしまうので、感じることができる自然なあらゆる感情が、現れるとすぐさま変わって、想像上の感情になってしまうほどだ。想い出が夢に変化し、夢が夢の忘却に変化し、自分についての知識が自分に関するあらゆる考えの不在に変化する…(不穏の書22)

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posted by てけすた at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (翻訳もの) | 更新情報をチェックする

2013年11月18日

天空の舟(上)(下) 宮城谷昌光

伊尹といえば、諸子百家の何かの本では見かける名前であり、料理人であったということを朧げに覚えていたので、この作品を見かけたときちょっと興味が湧いて読んでみた。
彼は才あるが、底知れぬところがある。しかしながら人心を掌握し、また彼自身民草の声を聞き天気を読むことができるという人物に描かれている。
時は古代中国夏王朝末期。話は主に夏の衰亡と商の勃興がメインとなるが、古代中国が祖霊や天などといった人知を超える、いわば呪の世界が信じられていたころのことでもあり、伊尹の出自や気を読む力はその時代の大きな力となって物語を動かしてゆく。

呪の世界は現代から見るとえらく迷信的で非合理なのではあるが、こうして物語として読むと人間のもつ良心といったものを「徳」という形で教えてくれるところに、古代中国を扱った逸話の面白さがあるなと思う。
上巻では夏王と商后の徳というものはそれほど変らないように見えた。なので、私は勝てば官軍で、同じようなことをやっても、負けたものは欠点が目立ち、買ったものがその徳をたたえられるのだろうと思った。
だが、下巻になると、明らかに昇る勢いのあるものと、腐敗した組織にいるものの違いが「徳」の有無という形を借りて表現されるようになる。前者は限りない謙遜を、後者は驕り高ぶりを。
いや、世の中こうしたわかりやすい人物像ばかりじゃないけれども、これはこれで「やっぱり勝つ人は人物が違うんだな」とか夢を見られるわけだし。

宮城谷昌光の一連の古代中国モノはなかなか読みにくい中国の書物の内容のエッセンスを読みやすいようにしてくれる。それで、私はそのうち『孟子』を読まなくては、と思ったのであった。
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天空の舟―小説・伊尹伝〈下〉 (文春文庫)
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タグ:中国
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2013年11月13日

一千一秒物語 稲垣足穂

天体を題材とした作品『一千一秒物語』は一見童話風でありながら、人間がついぞ到達できることはないであろう、星の世界と人間との格闘といったらおかしいかな?そんな世界が描かれている。お互いがお互いをからかい合うユーモラスなシーンに見えないこともないのだけど、どことなく虚無を感じさせるような寂しさがあるのだ。そういや『星を売る話』とか『黄漠奇聞』もやっぱり人間の限界と星の永続性を並べ合わせてみたような作品になっていて、ロマンチックだがニヒルである。
いや、なんかうまく感想が書けないな。心を動かされたのは確かなんだけど。
他に収録作品として『チョコレット』『天体嗜好症』『弥勒』『彼等』『美のはかなさ』

ところで余談。『A感覚とV感覚』を読んでいて荒山徹『柳生大戦争』における将軍家光と柳生友矩の衆道での役割が主従関係としては正しいあり方であるのを確認した。臣下たるもの、お尻でお勤めはその道としては不敬なのである。お慰めしなければ。とか。スイマセン。

一千一秒物語 (新潮文庫)
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posted by てけすた at 07:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (国内) 小説 | 更新情報をチェックする