2013年09月27日

汚辱の世界史 J.L.ボルヘス

アンチヒーローたちの物語は結構興味深く読める。ボルヘスの書いた物語も然り。西洋の人物が多いが、中国と日本(吉良上野介!)の人物も入っている。
いや、私はそれで普通の歴史読本みたいにこれらの人物の物語、もちろんボルヘスの言葉の幻想も一緒だが、を楽しんだのだが、吉良上野介のところまできて、「これはwww」と思う文章を見つけ、そういえばパロディがどうのこうの、とか序文に書いてあったことを思い出し、ああ、ボルヘスだもんな、歴史に出てきた人物を使った幻想小説だった、とうっかり真に受けてしまったことに苦笑した。

後半はアラビアンナイトからの物語を中心に集めた掌篇がある。これらの話は読んでいて楽しい。
浮世のしがらみや苦悩を一時忘れ、夢の世界へといざなってくれる。そう、夢なので教訓的に読もうと思えば読めるし、幻想と思えばそうとも読める。
私は例えば「死後の神学者」の話が大好きである。
この神学者みたいな部分、私も実は持っていて、かたくなに自分の信ずるものしか認めない傾向がある。それをまるで警告したような話はほんと夢みたいである。ちなみにこの話はスウェーデンボリより引いてきたようだ。
汚辱の世界史 (岩波文庫)
汚辱の世界史 (岩波文庫)J.L.ボルヘス 中村 健二

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ラベル:幻想
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2013年09月22日

超男性 アフルレッド・ジャリ

「恋愛なんて取るに足らない行為ですよ。際限なく繰り返すことができるんですからね。」
冒頭にこう挑発するのは主人公のアンドレ・マルクイユである。彼の容姿はありきたりで目立つことがないというような風に描かれている。彼のその言葉には永久運動、無限に運動できるスーパーマシンとしての人間について述べており、聞いた人間は当然反駁する一方、ウィリアム・エルソンの発明した「永久運動食」なるもので機関車と自転車を競争させようという話も出てきて、これは機械に対する憧憬を込めた話なのかなあと私は思った。

実際、人間は農耕社会から秩序化して道具を発明し、徐々にではあるが徒手空拳状態よりも効率を上げる方向へと進化してきた。そして産業革命以後一気に進んだ機械化。機械が一人歩きし始めようとする中で、それを凌駕したいという憧憬が「超男性」というイメージをとって現れても不思議ではない。
しかし、この小説の魅せられるところは、超男性たる主人公が非人間的に見えるのに対し、機械のほうが人間的というか、生身の生き物のように見えてくるところである。いみじくも解説では「機械は人間が扱うもの」ということが書かれていて、つまり、機械は生身の人間の心の手先なのであって、あくまでも道具の延長戦上にあるということである。
このことはきわめて現代的な感じがする。
生身の人間を一個の機械として自分や他人を扱う反面、物質的なものへの過度の感情移入は、現代によく見られる傾向であり、人間はそんなに変らないものだなあ、とづくづく思う。どっちも人の心の不思議さに思いをはせる。また、感情移入すらしないような人間は合理的ではあろうが、もはや機械ですらないと私は思うのであった。
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ラベル:フランス文学
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2013年09月18日

ムッシュー・テスト ポール・ヴァレリー

エドモン・テストという人物像の構想は1894年頃からはじまったというから、ヴァレリーが23歳くらいのときか。
ムッシュー・テストはありとあらゆる人間の動き、これを把握し監視下に置き、相殺してしまおうと試みる。それは狂気を解毒する力ともなるが、喜びをも無にしてしまう力でもある。いや、テスト氏にしてみれば、まだ未知なるもの、すなわち「自己」を見つけ出すことに情熱を注ぐことが喜びなのかもしれない。しかし、あいにく見つかるのは「わたし」以外のものなのである。

私は難しくてあまりよくわからないのだけれども、『マダム・エミリー・テストの手紙』には感銘を受けた。なにも注釈がなければきわめて神の御心を感じる信仰告白に見えるであろう、彼女の文面はしかし、一人の人間の伴侶としてその伴侶について語る手紙なのである。
これほどまでに「神格化」されたムッシュー・テスト。
だが、その神はただひとつ「未知」を知らないのではないかと思われた。

この一連の連作が書かれた時期はヴァレリー自身も書いてるように、「自己陶酔」のさなかに書かれた。倒錯した理想像というのを解説者は書いていたけれども、まさに「すべてを監視下における強靭な精神」は不安定な内面を抱えた彼にとっては理想的に見えたのに違いない。

ところで、いきなり話は飛ぶが、これを読みながら、私が連想したのは、ユングの患者に見られた「中年の危機」ということだった。
神のごとき強靭な精神をもたなくても、外的な生活を送っているうちに、それがすべて退屈なものに変わり果てて憂鬱になったり死にたくなったりする、あの状態。
「ムッシュー・テストの最期」はそうした中年の人々の心の危機のようなものに似ているような気がする。自分のすべてを捉えたと思ったとき、人は未知のものがなくなり、死ぬしかなくなる。
だからこそ、未知なるものは人間を脅かすけれども、生かすことができると思うのである。
ムッシュー・テスト (岩波文庫)
ムッシュー・テスト (岩波文庫)ポール ヴァレリー Paul Val´ery

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ラベル:フランス文学
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2013年09月15日

グレース&グリット(上)(下) ケン・ウィルバー

お互いが一目ぼれしあい電撃的な結婚をしたケンとトレヤ。だが、トレヤは結婚後すぐ乳がんだと診断されてしまう。そこから約5年にわたる2人の試練が始まった。
なんだが、えらくドラマチックでこれが本当の話だとはにわかに信じがたいくらいの物語なのだけど、トレヤの残した日記や手紙や手記をもとにケンが自分のことを含めて文章を書き入れた構成になっている。2人とも精神世界についてはかなり詳しくて追求していたので、そのあたりの話がたくさん出てくるから、そこに興味がないとかなり読むのが大変かもしれない。
けれども、トレヤの苦悩とそこから精神世界のことをよりどころに病気と付き合っていったのかという文章は興味深い。
また、ケンが彼女の世話で執筆活動を休止したこと、特殊な感染症にかかったことを知らずに彼自身がだんだん神経を蝕まれていくあたり、また、ドイツでの体験など、怜悧な彼の人間的な部分が書かれており、これもまた興味深い。
ケンの著作は幾何学のように構築されてえらく感嘆したものだけども、これは肉体をもつ人間、それが試練を通してどう生きていったのか、ということを伝える意味で、ケンのほかの著作とは趣が違うけれども、これはこれでかなり面白かった。
まあ、自分がそうなったとき、トレヤみたいに立派に病気と付き合っていける気がしないのも感想のひとつなんですけど。

参考になるのは、ケンが追加として介護者向けに書いた文章。
介護者は2つの人生の問題を抱えなければならなくなる。自分と患者の問題を。そして往々にして、自分の問題は患者の重大な問題の前ではかすんでみえてしまうため、後回しにされてしまい、それが介護者の大きな負担となってくる。だから、介護者も自分の問題を聞いてくれるようなカウンセラーなど支援者を持つこと、これが大切なようだ。
さらに、介護とは物理的なものばかりではなく、患者の感情を吸い取るスポンジとなること。このあたりも大切なことだと述べている。
彼は友人知人に聞かれたとき、おって説明するのがうまくできなさそうなときには「私は日本人の妻のようです」と答えるのだそうだ。なにがなんだかわからないだろうと彼は書いていたが、自分自身を主張せず、ただ奉仕すること、受け止めること、というようなことなんだろうな。
でも、それでは参ってしまう。
だから、患者と重大な問題を話し合うときには、一応自分の意見も主張するが、最後は患者に決定させ、決まった後は患者の意に従うこと。というアドバイスもしている。
病気はいろいろ大変だものな。
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ラベル:医療
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2013年09月09日

虚無への供物(上)(下) 中井英夫

ミステリーの感想を書くのは気を使う。自分はミステリー慣れしていないので、どこまで書いたらネタバレになってしまうのかわからない。これから読もうと思っている人は、書影以下の文章は読まないほうがいいです。
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というわけで、感想。
本格推理小説というか、アンチミステリーという紹介がされているのだけど、まず事件が起こって、探偵役を自認する人々たちの会話が、ディレッタント過ぎてなんなんですか、と苦笑する。もう、自分はこういう推理の話とかあんまり面白くかんじないので推理小説は読まないのだけど、この人々の会話自体がそれを戯画化しているな、という点ではこれがアンチなのかな、と思った。
だが、読み終えてみると、終章の言葉、これがねえ、私が普段本格推理小説と題されるものに感じていることそのままのことを指摘していたので、なんとなく痛快になった。それでもやっぱり小説はなくならず、なぜかといえば、それは物語をつむぐことであるから。
河合隼雄が物語について語っていたけど、それを思い出した。
そして、おびただしいといえるほどの当時の世相を盛り込んだ点。これが案外普遍的文学の様相を呈していて、時代を示唆するものを盛り込むとあとで古臭くなってしまうのだけど、徹底的に盛り込むとそれは現代小説としての役割を終えた後、かえって稗史としての時代小説、まあもっといえば伝奇小説にも近くなってくるというのは、この小説を読んでの発見だった。そして、いつの時代も変らぬ人の気持ちがこの中には描かれており、確かにわたし自身もこの世の中の不条理を考えたときに、物語を作り出すことをしたくなってしまうだろうな、と思ってしまうのであった。

ラベル:ミステリー
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2013年09月05日

山田風太郎新発見作品集

山田風太郎が戦中に書いた習作と、未完の未発表作品などあわせて7篇を収録した作品集。
若い彼の習作に、「乳房」と「紫陽花の君」という短篇がある。この2篇は女性をテーマにしているのだが、「乳房」においてフロイトを持ち出していて、それにならうと、この2篇はさしずめ山風の「エディプス・コンプレックス」を扱ったものといえるかもしれない。
解説にあるように、彼の母は美しい人だったようだ。思春期にそのような母を失ってしまった山風にとって、母への憧憬著しいこと、これは理解でき、しかもこの2篇はすこぶる美しい。
母を失う前にすでに父を失っていた著者にとって、倒すべき父はすでになく、ただ美しい追憶と憧憬が残ったのだろう。
破天荒な作品を多く残した山風だが、不思議に作品中の女性像が薄汚れた感じがしないのは、そういう背景があるのかな、と思った。

あと未完の「日本合衆国」はかなりユーモアと皮肉が利いてて面白い。47のアイデアをそろえるのはさすがに山風でも至難の業ではあったらしく、2つのアイデアだけで中断されている。いつごろ書かれたのか、高度成長時代かな?でも、今でも十分通用する中身だ。それは山風が達観しているというより、日本はちっとも変っていないということなのだろうなあ。
山田風太郎新発見作品集
山田風太郎新発見作品集山田 風太郎 有本 倶子

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ラベル:人間
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2013年09月02日

代替医療解剖 サイモン・シン/エツァート・エルンスト

代替医療は効くのかという疑問を科学的根拠によった研究をまとめることによって問う著作。
読んでもらえればもう真っ当すぎる内容で、正論も正論だと思う。結論としては若干効果のある療法はあるものの、ここに取り上げられているほとんどの療法はプラセボ以上の効果を上げられていないどころか、中には害をなすものもすらある、というものである。
しかし、代替医療は結構な巨大産業になっている。
人はなぜこうした医療を利用するのか。
著作では、受ける側の無知、宣伝する側のイメージ戦略、あと権威であるはずの機関が政治的な理由から偏った意見を出すなどが挙げられている。
さらに、医療側の問題としては、患者とのよりよい関係をつくれているのかどうか、ということも問題提起されている。
トランスパーソナル分野で気鋭のケン・ウィルバーは著作の中で、
チャーム「魅力=魔力」 
クリスの魅力はトレヤに素晴らしい効果を及ぼした。白人医学に欠けているのは、まさにこの「魅力=魔力」(チャーム)だ。白人医学においてそれは、「プラシーボ(偽薬)効果」という殺菌処理を施された言葉によって台なしにされている。 『グレース&グリット2』 P22
http://k-taka.net/noosphere/kw/words.htm#miryo

と述べているが、まさに、代替医療はそのチャームを持っているのではないだろうか。

あと、これはわたし自身の感想だが、現代医学といえども、医者の質はさまざまであり、誤診、不適当な手当て、という事態に遭遇することはそれほどまれなことではない。私も喘息の治療を受ける際、最初の病院は喘息に詳しくなかったらしく、テオドールの処方と抗生物質の点滴しかなされなく、回復ははかばかしくなかった。それで病院を変えて、ステロイド点滴と吸入ステロイドの処方で、やっと人並みに呼吸できるようになったのだが、こうした、不適当な手当てを受けてしまった患者の中には、すぐ現代医学に失望して、代替医療に走る人もいるかもしれない。
こうした事態を避けるためには医療の質を均一にしていかなければならないのだが、そうなると今度は選択肢の狭さ、という問題にぶつかる。マニュアル化された医療はそれはそれでやはり問題があり、やはり代替医療に走る人がでてきてもおかしくない。

そう考えると、医療問題は山積みではあるのだが、とにかく、第一選択には現代医療をまず受けてみること、これだけは本当に強調しておきたい。薬など嫌いな私が、病気になってみて初めて薬の威力に驚き、現代に生まれてよかったと思ったからだ。
あと、本に書いてあったのだが、代替医療で「イギリスでも認知されてます」的な文句を載せてるサイトを見かけたりするのだが、どうもチャールズ皇太子がそういうのが好きらしくて、代替医療の普及に力を入れてるようなので、イギリスで認知されてるから、という理由はあまりあてにならないことを述べておこう。
代替医療解剖 (新潮文庫)
代替医療解剖 (新潮文庫)サイモン シン エツァート エルンスト Simon Singh

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ラベル:健康 医療
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