2012年06月29日

夜光珠の怪盗 山田風太郎少年小説コレクション1

子供のころ、いわゆる「少年小説」というのはあまり読んでなくて、せいぜいがルパンくらいなものであったし、後年少し本を読むようになっても、ミステリ関係はあまり読んでこなかった。そのため今回出版されたこの本が、ミステリ的にどうとかこうとかいう比較はできないので、思ったことを書くとしよう。

自分がもういい年なのを忘れて、思わず読みふけってしまった。とにかく面白い。
これが山風だから面白く感じるのか、面白いのが山風なのかもうそんなことはどっちでも良い。少年小説ということで主人公は少年少女なのだが、彼らの機転が実にいいのだなあ。
これが大人が主人公だとまたちょっと違ってくるのかもしれないが、少年たちだと素直にはらはらどきどきさせられるというのはどういう仕掛けになってるんでしょうか?
もちろん、ちょっと現実的でないようなやりとりはあったりするのだが、ミステリにはそういうものがつきもので、実はそういう部分がちょっと自分とは合わなかったりするんだが、山風の場合には意外な展開が多くて、その現実的でない部分を超越する筋のよさがあって、この少年小説も例外ではない。

本そのものについて当時の挿絵も一緒に復刻したのは雰囲気を出していて凄く良い。
自分もそういうものに郷愁を感じる年頃になってるといえばそれまでなんだけど、この挿絵で臨場感がさらにアップしているのではないか。
このあと2巻目も来月にでるそうなので、楽しみである。
山田風太郎少年小説コレクション 1
山田風太郎少年小説コレクション 1山田 風太郎 日下 三蔵

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ラベル:少年小説
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2012年06月27日

弥勒 稲垣足穂

無一物になるまで飲み暮らしたことや、父のこと母のことなど自伝的なもの9篇がずらりと並ぶ。そこに描かれているのは、普通とされる暮らしからみ出して生きていく痛ましさなのだが、それは同情を誘うような感傷的なものではなかった。
こんな文章が「弥勒」の中にある。
「酒は止めるに及ばないと悟った時に、初めて酒から解放されるのだと彼は信じている。でなかった場合、どんな苦闘も常に敗北に終わったことを告白しなければならない。そうであるのはわれわれが自分の力によって道を打開するのだと思い込んでいる。これは闇夜を手提ランプの前に立って、歩こうとするようなものだ。この傲慢への懲らしめとしてDevilが現れる―

この意思する行動の放擲。
または「横寺日記」8月12日の文
貴下が更に逆境と不運を招き、たといそれが死であったとしても、貴下の心さえ潔らかでありさえすればなお十分に愉しいことには違いない。何故ならこの消息のみが不朽の道であって、他の一切の夢であることを貴下は既に知っているであろうからだ。

こういった、宗教的ともいえる断片が文章のあちらこちらに見られ、こうなってくると一種の修行告白にすら見えてくるのだ。そうして、私は、苦しみを癒す方法が、幸福へ向かうために行動することばかりなのではなくて、苦しみから得られる視点の変換もまた一つの方法であることを改めて確認する。
それにしても、人にはわかってはいるんだがどうしてもできないということを一つや二つあるであろう。そのせいで、社会や仲間たちと摩擦を起こし、苦しむ。他人は努力が足りないからだと罵り、甘えだ怠けだといわれる。それは確かに正論なのではある。しかし、こうして著者の文章にちりばめられた一種の警句を読んでいると、その恐るべき悪魔たちは覚醒への道案内なのではあるまいか、とそんな風に思えてくるのである。
稲垣足穂コレクション〈8〉弥勒 (ちくま文庫)
稲垣足穂コレクション〈8〉弥勒 (ちくま文庫)稲垣 足穂 萩原 幸子

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2012年06月23日

統合失調症 岡田尊司

人間の意識の不思議さに、統合失調症関連の本をぼちぼち読んでいるけれども、まあそれほど多くは読んでないのだが、その中で、「これは良いまとめ」と感じたのが、岡田尊司著の「統合失調症」という新書だ。
大まかに、統合失調症の歴史、症状と診断、生物学的な側面(主に脳)からみた場合、心理、社会面で見た場合、そしてその治療と回復という風に章立てて説明がなされている。
新書でコンパクトななかにポイントを押さえた説明は、「ああ、統合失調症ってこんな病気なのか」と実に腑に落ちる思いがするのである。
生物学的な側面からは脳の機能の説明と、患者の大多数に認知機能障害が発病前から見られることなどがあげられている。一般的に健常者では物事の認知を行うさい、脳が適切にフィルターを働かせて、情報の選別を行うのであるが、患者はこのフィルターがあまりよく働かないという。結果、情報過多になってしまうのである。妄想や脈略のないような文章など、了解不能の症状にはこうしたメカニズムがあるようである。
また、遺伝子的には2つ以上の要素があるのではないかといわれているが、これら関連しそうな遺伝子は実はそれほど珍しいものではなく、統合失調症を発病しなかったからといって、子供も大丈夫だとはいいきれない部分があるらしい。単体では発病しなくても、組み合わせで発病しやすくなることがあるのだから、この病気遠いようで結構身近なところで起きる可能性は大きいのである。
かといって、著者は生物学的な側面だけでなく、社会的な側面にも触れている。都市化工業化された先進国で慢性化しやすく、発展途上国の農村地帯のようなところではあまり長引かない傾向があることを挙げ、その要因として、かの地域が共同体として患者とともに積極的に関与していくことでよい結果を生んでいるのであろうと言っている。

他にもまあいろいろ書いてあったのだが、思うに統合失調症というのは炭鉱のカナリアみたいなものかもしれない。都市化工業化された社会は人間疎外もまた大きなところである。そこに脆弱性をもった人々が疎外の危機を教えるように発病してゆくのではないか。

少し前に、クリスチャン・サイエンスがらみの人が向精神薬について否定的なことを述べてるツイートなど流し読みしていた。向精神薬が必要としない人にまで処方されているのでは確かに大変なことだが、生物学的に異変があって、それを修正できる薬である以上、むやみに脱向精神薬を唱えるのもまた一方的であるなあと思っていた。今回この本を読んで、またその感を新たにする。
統合失調症 (PHP新書)
統合失調症 (PHP新書)岡田 尊司

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ラベル:精神疾患
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2012年06月20日

日本の伝統とは何か 梅原猛

2007年以降に行った講演5つと対談1本を収録した本。天台本覚思想から環境問題を語り、聖徳太子から政治と文化を、親鸞における悪人成仏の意味を、他に近年梅原氏が研究している能についての講演もある。
これらの話題から梅原氏が共通して言っているのは、世界におけるさまざまなゆきづまりについて、西洋の近代哲学に発する考え方が間違っていたのではないかという考察と、ではそれに代わる考え方をどうすればよいのか、と思ったときに、日本に古くからある思想がなにかの手がかりになるのではないか、ということである。
最初の「天台本覚思想と環境問題」においては、日本の太陽信仰と、エジプトの太陽信仰という共通点を手がかりに新しい哲学を生み出そうとしていることを述べている。
私は梅原氏が「日本の伝統とは何か」という講演で「西洋近代哲学は人間中心の天動説ではなかったのではないか」という言葉にいたく感銘を受けた。人間中心だからこそ、今日まで大いなる力を発揮して、東洋や他の地域を凌ぐほどになったのではあるが、いろいろな点で人類全体が危うきに近づいているという結果をもたらしていることは否めまい。
進歩しつづけるということは、生命にたとえるならばずっと生き続けて成長するということに等しいと思うのだが、それはガン細胞のありかたと同じなのではないかという連想をする。
死を内包しなくては秩序あるありかたにならないのではないだろうか?
西洋の近代哲学は死を内包するという知恵を持たなかったように思うが、まあこれは私の無知かもしれない。
循環を説く東洋の思想は人類の危機においてなんらかの方向性を指南してくれるものと考える梅原氏の考え方は私も共感するところがあるのである。
日本の伝統とは何か
日本の伝統とは何か梅原 猛

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ラベル:文化 歴史
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2012年06月18日

女の一生 モーパッサン

貴族の娘でなに不自由なく育てられたジャンヌの希望と失意の人生を描いていく小説。
人生を描くというと大河ドラマ風に主人公が波乱万丈の中を乗り切っていくものを想像するのだが、これは主人公が世間知らずでお人よしすぎて受身なために、乗り切っていくどころか人生に翻弄されてるといっても過言ではない。
ジャンヌは自身の身の上に起こる不幸を嘆き、なんて運がないのかと思う。だが、受身の彼女にいらだつ読者もきっと多いことだろう。一方、彼女の不運のもとになった夫ジュリアンの吝嗇ぶりや無神経さにこれまた不快感を覚える読者もまたたくさんいるのではないか。
まあ、中身は大衆小説っぽくてどんどん読めてしまうのだが、その表現方法はでてくる人物たちの感情や心理を大げさに表現することなく、行動の詳細な描写、風景の描写を通じて、登場人物たちの心のうちを雄弁に語らせる。
たとえばジャンヌがまだ未来に夢をはせていたとき、春の情景を持ってきて燃え立つ緑を描き、結婚後、ハッピーエンドのその後にやってきた現実を実感するとき、晩秋の情景が描かれている、といった具合だ。

この小説にはロザリという女中がでてくる。彼女もまたジュリアンにひどい目に合わされたのだが、ジャンヌとは対照的に自分の人生を生き抜いてきたことが最後になってわかる。
彼女がこんなことをいう場面があって、意味深い。
「ねえ、ジャンヌ様、人生ってのは皆が思うほど良いものでも、悪いものでもないんですね。」
女の一生 (光文社古典新訳文庫)
女の一生 (光文社古典新訳文庫)ギィ・ド モーパッサン Guy de Maupassant

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ラベル:人間
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2012年06月16日

鬼平犯科帳 池波正太郎

いまさらだが、去年読んだ鬼平犯科帳の感想をまとめてみた。

鬼平犯科帳〈1〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-04)
読了日:2011年7月23日
どっちかというと盗賊たちの物語が主体だったのね。長谷川平蔵のことはまだそれほど描かれてないが昔の無頼ぶりと盗賊の子供を引き取るような度量とでなかなかの人物なのだろうと思わせる。
鬼平犯科帳〈2〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-04)
読了日:2011年7月24日
『妖盗葵小僧』あたりから平蔵と盗賊との戦いに面白みが出てきた。ところで木村忠悟というのはこれからもああいう役どころになるのでしょうか。
鬼平犯科帳〈3〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-04)
読了日:2011年7月25日
一度解任された平蔵がこの機会に京へのぼることにしたが、旅の途中盗賊に見込まれるとか、どんな人物ですか。平蔵の嫁もまたたいした人物でした。
鬼平犯科帳〈4〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-05)
読了日:2011年7月26日
鬼平犯科帳の世界は正義と悪がすっかり分かれているのではない。盗賊が狗になったり、同心が道を誤ることもある。そこにどうスジを通すのかがこの小説での平蔵の役どころなのだろう。
鬼平犯科帳〈5〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-05)
読了日:2011年7月31日
「兇賊」が活劇していて面白かった。平蔵と盗賊たちの話はますます発展してきているので先が楽しみ。
鬼平犯科帳〈6〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-05)
読了日:2011年8月3日
「大川の隠居」はちょっと洒落っけのある話で最後は笑ってしまった。この巻では一番すきかな。平蔵がだんだん食えない人物像になってきているw
鬼平犯科帳〈7〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-06)
読了日:2011年8月4日
お気に入りは「はさみ撃ち」なにが挟み撃ちなのかなとおもったらそういうことですか、ってことで。
鬼平犯科帳〈8〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-06)
読了日:2011年8月6日
「用心棒」に出てくる高木軍兵衛のダメさは時代小説に御馴染みだけど、なんとなく憎めない。左馬之助の嫁とり話が意外な展開だったが、あれはあれでいいのだろう。
鬼平犯科帳〈9〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-07)
読了日:2011年8月9日
こうして巻を重ねてくると平蔵の密偵たちの献身ぶりが見えてきて興味深い。語弊があるかもしれんが十二国記に出てくる麒麟の使令みたいだなと。
鬼平犯科帳〈10〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-07)
読了日:2011年8月11日
今はかたぎだがかつては盗賊だったちょいとボーダーな人が主人公だったりする「蛙の長助」はなかなか味がある話だった。ボーダーといえば「犬神の権三」とか「むかしなじみ」とかきわどい話もこの巻では多かったような気がする。
鬼平犯科帳〈11〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-08)
読了日:2011年8月13日
話がひとひねりしてあるものが多かった。「穴」の名人芸とその凝りようは微笑ましい。ここに出てきた源助たちと、「毒」の伊太郎はこの後の巻で活躍するのかな?ちょっと滑稽な人たちなので楽しみ。
鬼平犯科帳〈12〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-08)
読了日:2011年8月19日
密偵たちも昔とった杵柄でうずうずするときがあるんだなあと面白く読んだ「密偵たちの宴」。おっと、一回きりかと思いきや再び軍兵衛さん登場「二人女房」もうダメ人間とはいわせませんよ。
鬼平犯科帳〈13〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-09)
読了日:2011年8月21日
「墨つぼの孫八」はみんなが手下になってしまうのでどうするのかと思ったらあのような結末にしましたか。「一本眉」はほとんど盗賊火付改が関与していないが、木村忠吾との関係がほのぼのしている。うさぎさんの性格がよく出てるなあ。
鬼平犯科帳〈14〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-09)
読了日:2011年8月24日
この巻の衝撃っていったらやっぱり伊三次のことでしょう。そういえば他の密偵は前歴から話に書かれてるが、彼は最初から密偵だったよね。
鬼平犯科帳〈15〉特別長篇・雲竜剣 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-10)
読了日:2011年8月28日
長篇だけにひと絡みもふた絡みもあった。うさちゅうさんはいろんな意味でぬかりがないなw
鬼平犯科帳〈16〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-10)
読了日:2011年9月2日
「霜夜」で打ち明けられた思いはどうもホモソーシャル的。平蔵そちらの方については疎いと見える。まあ私からすればそれが平蔵に魅力を感じてるところなんだけど。
鬼平犯科帳〈17〉特別長篇 鬼火 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-11)
読了日:2011年9月3日
居酒屋の亭主の正体や謎の浪人たちの正体が後半になるまでわからなかったせいか随分あたふたと読んでしまった。推理小説はあまり読まないのでこれが出来がいいのかどうかは判断できないけれども、結構面白かった。
鬼平犯科帳〈18〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-11)
読了日:2011年9月10日
いつの時代も権力の横暴には泣かされるが、「おれの弟」において平蔵は私的制裁を加えた。それはよくないことかもしれないが、秘かに喝采したくなるような結末である。
鬼平犯科帳〈19〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-12)
読了日:2011年9月11日
「妙義の團右衛門」はどうなることかとはらはらさせられた。「引き込み女」ではお元の悩みこれは確かに答えを見つけるのが難しいだろう。シリーズも長くなってくるとこういう目先の変った作品も入れていかないと読者が飽きるんだろうなあ、とか思った。
鬼平犯科帳〈20〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2000-12)
読了日:2011年9月14日
男女の仲は摩訶不思議的結末の話二篇。この巻まで読み進めてくると盗賊にいくつかのパターンがあるのに気が付いた。本格派盗賊がおつとめする話においては、密偵になるまでのいきさつの話になるか、仕事前に死んでしまうとか。
鬼平犯科帳〈21〉 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2001-01)
読了日:2011年9月17日
「泣き男」や「麻布一本松」を読むと木村忠吾や細川峯太郎相手の時の平蔵はなんだか楽しそうに見える。どうでもいいですが、平蔵が両名の名を使った偽名を語るたびなんだか楽しくなる私なのであった。
鬼平犯科帳〈22〉特別長篇 迷路 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2001-01)
読了日:2011年9月21日
今回は平蔵も余裕がなくて結構はらはらさせられる話だった。それはそうと細川峯太郎のダメダメぶりは昔の忠吾をうわまわってるのでは?
鬼平犯科帳〈23〉特別長篇 炎の色 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2001-02)
読了日:2011年9月23日
女性大活躍の巻。ところで今回は仙之助や初蔵の性格について突っ込んだことが書いてあったので、その方面でなにかあるのかと思ったがそれっきりになってしまった感があるな。私が穿ちすぎだったのか。
鬼平犯科帳〈24〉特別長篇 誘拐 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2001-02)
読了日:2011年9月26日
ここまで巻が進んでくると一作一作に筋が凝ってきているのがわかる。未完の「誘拐」は残念です。
乳房 (文春文庫)
池波 正太郎 / 文藝春秋 (2008-02-08)
読了日:2011年9月24日
鬼平犯科帳番外編。不運な女性に対する作者のまなざしが優しい。この女性の結末はなんとも鬼平犯科帳的で実際は許されないことではあろうけれども、こんなファンタジーもたまにはよいと思った。
ラベル:時代劇
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2012年06月12日

ピダハン ダニエル・L・エヴェレット

これだけ世界がグローバル化していくと、人間に関する学問もかなり普遍的なところまで進んでいるように思えるが、この本で紹介されるピダハンというアマゾンの少数部族の話を読むと、そもそも普遍的という共通理論は、単に細かい部分を切り捨てた大まかな理論のことなのではないかと思われてくるような、そんな内容だった。
ピダハンは数や色に関する言葉がないという。それどころか右や左という方向の言葉もないのだ。
これは著者によればピダハンの文化や認知の仕方と深い関係があるという。

ところでピダハンとはどんな部族なのか?
ここでひとつ本書から例を挙げてみるなら、まず彼らは非常に幸せそうに見えるという。彼らは外からもたらされるものに関しては他の人間と同じような興味をもつが、だからといって、それを自分たちの生活に取り入れようとはしない。なぜなら彼らは自分たちの文化に優越感をもっていて、他の文化をうらやむようなことはしないからなのだそうだ。
また彼らは真の意味で自己責任的である。
こうした特性は、ある原則のもとから引き出されるのであるが、それが言語にも影響して、世にも珍しい言語特性をもつようになったのではないかと著者は言う。

とにかく、私はよく知らないが、チョムスキーの理論を大きく逸脱する言語なので、物議をかもし出したそうなのだが、この本に説明されてるチョムスキーの理論を読むと、まるで言語も機械的な要素で分析できるかのような風に見えるので、理論的には綺麗にまとまるのだろうが、肝心の人間が置き去りにされていたのではないかという印象をもつ。だからこそ言語と文化との深い関係を示唆するような、この本はわれわれがわれわれ自身を知る上でまたとない情報を提供してくれるだろう。

言語学のことはよくわからないけれども、それでも前半のピダハンたちの生活と著者の奮闘振りは読んでいてかなり面白い。異文化との遭遇とはよくいうけれども、この本を読むと、自分たちが当たり前と考えることがそうではないという事実を改めて認識するのである。

余談だが、ピダハンたちは、薄情に見えるくらい自己責任的であるが、その代わり、というか、人のやることや考えることにめったに干渉しないし、こともたちも大人と対等に扱うという。
よく、自己責任とか叫ぶ人たちが日本にいるけれども、彼らは他の考え方をしている人を果たして尊重しているだろうか?清沢 洌は暗黒日記で日本人は人の考えることに干渉するというようなことを書いていたけれども、自己責任を叫ぶなら、そのあたりのことも配慮するくらいでないといけないのではないの?などという感想を持った。
ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観
ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観ダニエル・L・エヴェレット 屋代 通子

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ラベル:人間
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2012年06月08日

異星の客 ロバート・A・ハインライン

スピリチュアル系の本棚で、宇宙人の魂を持つ人というような本を見かけたことがある。また、そういう本を1冊読んだこともある。まあ、そこまで大げさではなくても、子供のころ、自分は本当の子供じゃなくて、どこかよそからもらわれてきたのではないだろうか、ということを考えた人は多いだろうと思う。
つまり、自分が異邦人であるという漠然とした思いは、結構人の心にあるものなのだろう。
それを巧みな小説にしたのが、この「異星の客」である。
スミスという火星からきた男の描写はユングがボーリンゲンの石碑に刻んだ言葉を思い起こさせる。
私はみなし子でひとりぼっち
けれどもいたるところに私はいる
私は一人なのに
私は私と向かい合っている
私は若者であり
同時に老人でもある
私は父母を知らない
私はまるで魚のように深みから取り出される
また白い石のように天から落ちてくる
私は森や山野をさまよい歩くが
人間の内部の深みにも隠れている
私は誰にとっても死すべき定めにあるが
時代の移り変りには左右されない

まあ、それはいいとして、この小説の真の主人公はジュバル・ハーショーといってもいいだろう。むしろ火星からきた男というのは当時のアメリカとは異質の価値観という象徴でそれに対する社会の姿勢を戯画化したり、またそれにあこがれる人々に対しての危惧をジュバルを通じて伝えられているものといってもいいかもしれない。
そういえば吾妻ひでおが、「失踪日記」だったかな?その中で、オカルトに嵌る若者たちを見かけて「SFを読め」とかいってる場面を見たことがあるんだが、SFって未知の価値観と社会通念の葛藤を描くのに長けてるよね。
異星の客 (創元SF文庫)
異星の客 (創元SF文庫)R.A.ハインライン 井上 一夫

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ラベル:SF
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2012年06月04日

モーパッサン短編集(3) ギ・ド・モーパッサン

新潮文庫のモーパッサン短編集は3冊あるんだけど、なぜか1冊だけ購入したのが3巻目のこの本。実はちょっとしたきっかけで、「オルラ」が読みたいと思い、探していたらこの本に収録されてるということだったので購入したのだった。
さて、その「オルラ」なんだが、主人公が日記形式で狂気へ至るまでの出来事を書いている。最初はうららかに、住んでいる家の近辺の情景を賛美している場面が、だんだん身体の変調に伴って、家に住むのが怖くなってくるという風に話は進んでくる。そしてそこで彼は目に見えない不気味な存在におびえるようになる。

モーパッサンの怪奇小説は、彼の精神の変調をきたす間際に書かれたものが多いという。
「オルラ」に描かれているのは、彼が実際に体験したことに基づいているのだろうか?
もし人がこういう体験をしたなら、やっぱり怖いだろうなあと思う。こういう恐怖が忍び込んでくるのはいかなる作用によるものか?
「たれぞ知る」のように不可解な出来事をそのまま理由なしに描写したものとか読むとそんな疑問がわいてくる。
一方でモーパッサンは「手」のように合理的な理由をもってきて説明している小説もある。
だから、単に幻想的なものばかりを見ていたわけではないらしい。
その合理的説明のあるなしの区分はどこからきているのか?そんな疑問もちょっとだけわいてきた。

さて、この本には他に戦時のことを描いた短篇も収録されていて、戦争の狂気というものが描かれている。それは兵士同士の狂気ではなく、庶民の狂気である。

ところで、最後に収録されてる「パリ人の日曜日」はちょっと戯画的で面白い。残念ながら未完であるけれども、風采の上がらない小役人の休日の過ごし方が描かれて、その描写は私が以前読んだことのある、カレル・チャペックのエッセイによく似ている。ここにヨセフ・チャペックのイラストをいれたら、ずいぶんユーモアあふれるものになっただろうなあと思う。もちろん厳しい目で見ればこれはすごい皮肉にもとれるようで、解説では「女の一生」にもいくつか使われてるそうだからそのうち読んでみようと思う。
モーパッサン短編集 (3) (新潮文庫 (モ-1-8))
モーパッサン短編集 (3) (新潮文庫 (モ-1-8))モーパッサン 青柳 瑞穂

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2012年06月01日

平家物語(上)(下) 講談社文庫

古典は学生時代から苦手だったが、全篇にふり仮名つきの講談社文庫でがんばって読んだ。現代語訳で読むという選択もあって、前に一度ダイジェストになってるのをざっと読んだことはあるけれども、これはがんばってもぜひ古文で読んだほうが趣があって面白い。
たとえば、教経が壇ノ浦で両脇に敵をかかえたまま沈んでいく場面、教養文庫のダイジェスト版では
「ええい、きさまら、この教経の死の旅の供をせい!」
という口語訳になっていて、彼の豪胆さというものが伝わってくるのだが、こちら古文のほうはというと
「いざうれおのれら、死出の山の供せよ」
というせりふになっている。ここには、豪胆さというよりも一抹の哀愁が漂ってきてなんとも私は涙が出そうになったのだった。
いや、口語訳というのは実に味気ないものだ。古文を読む前はこの物語で泣いたという昔の人をどこか醒めた目で見ていたのだけど、昔日は栄華を誇った平家は滅び、平家を追討して、絶頂にあった義仲や義経が一転追討される立場になり、まさに諸行無常の世界をこういう名調子で延々と語られると、確かに涙が出てきそうになるものである。
しかし、建礼門院が、後白河法皇に「私は六道を全部見ました」みたいな告白をするところなんざ、ほんとに泣きそうになる。まあ、凄い生涯だよなあ。彼女で大河ドラマつくるのもまた面白いのではなかろうか、などと最後に思った。
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平家物語(上) (講談社文庫 A 50)高橋 貞一

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平家物語 下    講談社文庫 A 51高橋 貞一

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