TOP > 2011年06月
2011年06月29日

ドリアン・グレイの肖像 オスカー・ワイルド

ドリアン・グレイという素晴らしい美青年の肖像画を描いた画家バジル。ドリアンはまさしく彼にとってのミューズ、というとちょっと男性に使っていい言葉かどうかはさておき、だったのである。
ところでこのドリアンを友人のヘンリー卿に紹介したところ、彼はドリアンに青春の素晴らしさを説き、ドリアンはそれに心打たれる。
折りしも肖像画を見たドリアンは、思わず、自分は年をとらず、この絵が代りになってくれればと願うのである。
こうして、ドリアンは皮肉屋ヘンリー卿に感化されて、退廃の道を辿りはじめるのだが、愛していた女優に幻滅を感じ、ひどく冷酷な態度で接して、彼女が自殺してしまったとき、バジルから譲り受けた自分の肖像画に異変が起こるのであった。

あらすじを説明するまでもない有名な小説。
ドリアンはどんなに退廃しようともその美しさは損なわれず、肖像画は醜くなってゆく。この醜くなる肖像画を彼の良心として考えると、倫理観を伴った寓話として読むことができる。しかし、獄に入るまで退廃的な生活を送っていたワイルドのことだ。そんなことを思ってこの小説を書いたわけではあるまい。
ワイルドの文学はその効果を上げるために、倫理観が非常に有効だということを知っていたに違いない。倫理観を揺さぶり、かつそれに即したものを書くことは大抵の人の心を動かすことだろう。
どうも他の小説をほとんど読んでいないので、こんな考え方は的外れかもしれないが、まあ、機会があればもう少し別の小説も読んでみることにしようか。
ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)
ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)オスカー ワイルド Oscar Wilde

新潮社 1962-04
売り上げランキング : 57731


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

タグ:寓話
posted by てけすた at 19:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (翻訳もの)| edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2011年06月27日

太公望(上)(中)(下) 宮城谷昌光

太公望といえばまっすぐな釣り針で有名だし、殷周革命といえば封神演義である。かなり昔のことであるから、「史記」など一連の書を読んだことがない私としてはどこかファンタジーめいた時代にうつる。
そんなこともあって、この『太公望』の上、中巻はなんとなく歴史小説というよりは冒険ファンタジーみたいに感じた。
主人公望が子供時代商の人狩りに巻き込まれて同族の子供たちを数人引き連れて逃げ惑うシーンから始まるためどうしてもそうなってしまうのは仕方のないことかもしれない。
とはいえ、著者の小説を読んだのはこれで3作目であるが、そこに通底している、人の生き方についての胸のすくような描き方に変わりはない。
あとがきで著者はなかなか太公望自身を描くために時間がかかってしまった、というが、商という巨大国を倒す周の軍師としての大きさは並大抵ではないし、現在とは常識も異なるだろうから、読者へ向けて説得力を持たせるのは大変だっただろうなと察する。
ところで、この小説を読んで、意外だったのは紂王は確かに悪役であったが、政治を蔑ろにして美女に溺れたダメ君主ではなくて、デキる人物として描かれていたことである。ただ、傲慢さからあたりに恐怖政治というイメージを植えつけて、というか、それも望の半ば策略だったわけだが、諸侯の離反を招いた、という点である。また妲己についても、悪女には描かれず、寧ろ偶然が彼女の運命を変えてしまった、という点、これもまた意外であった。
これらの点を踏まえて、当時のことが書かれた中国の歴史書などちょっと読みたくなってきたな。
もちろん、封神演義も抄訳しか読んだことがないから、これも本格的なものがあれば読んでみたい。
太公望〈上〉 (文春文庫)
太公望〈上〉 (文春文庫)宮城谷 昌光

文藝春秋 2001-04
売り上げランキング : 40444


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

太公望〈中〉 (文春文庫)
太公望〈中〉 (文春文庫)宮城谷 昌光

文藝春秋 2001-04
売り上げランキング : 45245


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

太公望〈下〉 (文春文庫)
太公望〈下〉 (文春文庫)宮城谷 昌光

文藝春秋 2001-04
売り上げランキング : 39178


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

posted by てけすた at 12:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (国内) 小説| edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2011年06月22日

見えるものと観えないもの 横尾忠則対談集

狂気や精神世界やオカルトはあまりパブリックな話題にはなりにくくて、私もつい色眼鏡で見てしまい勝ちなのだが、横尾忠則については別である。それは彼が自分の感覚というか直感というかそういうものを重視していてそれに忠実であり、なおかつそれが芸術家としての誠実さに繋がっているからだろうと思う。
観念で語るそういった話題ほど、ばかばかしいものはない。
もちろん、言葉で語れなくてはまったくコミュニケーションできないので、その翻訳のためある程度観念的にならざるをえない部分はあるのだけど、どこぞの宗教の教義みたいなものとか頭で考えた理屈みたいなものは一見立派そうに見えても、実はいかがわしいものであると、彼は折りに触れてそういう意味のことを述べるのである。
そんな彼との対談は相手がどんな人物であれ不思議といかがわしさが感じられないので、もしかすると、人は自分もそういうオカルト的なものも見過ごせないのだけど、こういう話題は相手を選ぶ。その点、横尾さんならば安心して語ることができるのではあるまいか、と、対談を読んでいてそう思った。
もっとも、草間弥生さんとの対談はちょっと別で、横尾さんに拒絶反応を示している。まあ、人間、みんながみんな意見が合うものでもなし、こういう対談(ここだけ第三者の司会者が入っている)もまた一興かな、と思う。
梅原猛さんとの対談で、彼はこんなことを述べていた。
神様っていうのは相当ハレンチでいいかんげんでアナーキーで、汚いものもつくるわきれいなものもつくるわ、キリンもカバもなめくじも人間も、あるとあらゆるもの作るでしょ。神には思想がないですよね。ほとんど無思想、いい加減ですよ。そうするとね、ぼくは芸術っていうのはいいかげんでいいと思うわけ。…(中略)…だからアーチストは生半可な思想なんかもたなくてもいいという感じしませんか。どうも自分の考えを受け入れたがらないものを排除したがりますよね。なんか小さくしていくような気がしてしまうわけです。

見えるものと観えないもの―横尾忠則対話録 (ちくま文庫)
見えるものと観えないもの―横尾忠則対話録 (ちくま文庫)横尾 忠則

筑摩書房 1997-01
売り上げランキング : 28217


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

タグ:対談
posted by てけすた at 12:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (国内) 小説以外の著書| edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2011年06月19日

幻滅(上)(下) オノレ・ド・バルザック

田舎からパリへ恋の逃避行で出てきたリュシアンはあわれにも相手から捨てられてしまうが、ジャーナリズムに身を投じて一躍寵児になる。しかし、好事魔多し。妬みや陰謀でたちまちパリを追われる身になるのであった。
いや、もうバルザックはコーヒーがぶ飲みで小説を書きまくったという話は聞いたことがあるが、この「幻滅」はまさにそんな感じがありありとする内容である。
特に第二部のジャーナリズムのことを書いた部分は面白すぎて読むのがやめられない。
私は現在のマスコミのことはよく知らないけれども、メディアからもれ聞こえてくるものを見ていると、このジャーナリズムを描いた部分は現代でも未だにあるのではないかと思わせるような内容である。政治的駆け引き、宣伝のための宣伝、あげくのはてに個人的な怨恨による攻撃。こういったものをバルザックはリュシアンを通して見事に描き上げた。
それにしても、リュシアンのダメさ加減にはほんとはらはらさせられる。
どういうわけか私は小説内では退屈なダヴィッド夫婦に肩入れしていて、リュシアンに対してはほとんど妹エーヴの気分。だから余計に気になるのかもしれない。
まあ、人間喜劇全部を読んだわけではないが、才能も美貌もあるのに、ダメ人間なリュシアンはバルザックの創造した傑作人物かもしれない。
最後に、人間喜劇らしく再登場人物が現れて終わるが、この続篇があるということでそのうち読んでみようとは思うが、この『幻滅』があまりにも内容濃くて疲れてしまったので、連続ではちょっと勘弁です。
ああ、そうそういい忘れてましたが、この小説の前に『ペール・ゴリオ(ゴリオ爺さん)』などを読んでおくといいかもしれない。そこに出てくる人物がこの小説にも登場してくるので。
で、続篇は『娼婦の栄光と悲惨』という本らしいです。
そのうち、気力が復活したら読むぞ。
幻滅 ― メディア戦記 上 (バルザック「人間喜劇」セレクション <第4巻>)
幻滅 ― メディア戦記 上 (バルザック「人間喜劇」セレクション <第4巻>)バルザック 鹿島 茂 山田 登世子 大矢 タカヤス

藤原書店 2000-09
売り上げランキング : 374752


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

幻滅―メディア戦記〈下〉 (バルザック「人間喜劇」セレクション)
幻滅―メディア戦記〈下〉 (バルザック「人間喜劇」セレクション)バルザック Honor´e de Balzac 野崎 歓 青木 真紀子

藤原書店 2000-10
売り上げランキング : 377123


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


タグ:人間喜劇
posted by てけすた at 13:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (翻訳もの)| edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2011年06月11日

美の呪力 岡本太郎

芸術というと技巧にすぐれた人々が思い思いの表現をし、見た人が感銘を受けるという認識を私はしている。感銘を受ける要素は人それぞれ違うだろうけれども、人間の情熱や情念には一定の共通点があることもまた事実である。
岡本太郎は、技巧の優れた、いわゆる洗練された芸術というものをあまり評価していないようだ。この本に出てくる芸術は洗練とはかけ離れた呪術的な石のオブジェや、それこそ人が忌避しそうな血のこと、戦争のこと、または自然界の火や水と人間のかかわりについて述べる。
思えば、洗練された、とはどんなに美しく均整がとれていようとも人工的であり、自然の持つダイナミックな動きは削られているものなのではなかろうか。
戦争にしても、近代の戦争は人間が疎外された不潔な戦争だという。
もちろん、彼は戦争賛美者ではないが、人間が生きるために行ってきた数々の戦い。それは人間の中にある自然ではないか。
悪とされるもの、忌避されるもの、つまらないものとされるもの、それは人間が近代社会に生きるために切り捨てていったものに他ならない。
岡本太郎はそこに呪力を見出し、芸術とはなんであるのか、私に一つのイメージを提供してくれたのであった。
最後にあやとりの話から組紐文の話へうつる文章は絶妙である。
彼は最後にこう締めくくったのであった。
いまあの流動感に感動するのは、われわれが世界に、宇宙に向って自由に向って自由にのびきりたい衝動があるからだ。国家体制とか、国境とか、そんな枠はもうたくさんだ。それを通り抜けて、生命を無限に向って放出したい。いつもシステムの壁にぶつかって絶望している現代人は、この根源のイメージに言いようのない魅力と救いを明示されるのである。

美の呪力 (新潮文庫)
美の呪力 (新潮文庫)岡本 太郎

新潮社 2004-02
売り上げランキング : 83973


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

タグ:芸術
posted by てけすた at 12:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (国内) 小説以外の著書| edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2011年06月05日

最終講義 中井久夫

このところ集中して統合失調症関係の本を読んでいる。といっても系統的じゃなくて目についたものをちょろっと読んでるくらいだから、集中して、とは言いがたいかもしれないが。
中井久夫さんの『最終講義』は30年の臨床経験をもとにした統合失調症についての私見ということであるが、私がこれまで読んだ5冊の統合失調症関連では臨床的色合いが濃くて一番実用的だと思った。
統合失調症は中枢神経系の暴走に喩えられているし、免疫システムならぬ、セルフシステム機能の不全とも喩えられている。その表現方法はいささか文学的な感じではあるのだけど、喩え方がよくて、かの病気の本質がわかったような気になる。もちろん本当のところはまだはっきりしないのだろうけど。
また、丁寧な看護記録と病歴記録において統合失調症がどのように発症し、どう回復していくのかということもわかりやすく述べられていて、どんな病気にしても本気で取り組めばわからない部分が少しずつ見えてくるものなのだなあと感心した。

ところでこれは私の思いつきなんだけど、喘息と統合失調症において似た部分があるなあと思った。というのは喘息はアレルギーが原因だったりストレスが原因だったりいろいろ言われていて、つまり外からの刺激に過敏に反応してしまいに病変を起こすが、統合失調症も過敏に反応してしまいに病気になるんだろうなあ、ということがこの本を読んでて感じたからだ。
この人間の体が過敏に反応する原因はなんであろうか?それがわかればずっと薬を飲まなくてもよい治療法が開発されるかもしれない。
まあ、それまでは無理をさけて養生することだな。
最終講義―分裂病私見
最終講義―分裂病私見中井 久夫

みすず書房 1998-05
売り上げランキング : 128317


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


タグ:精神疾患
posted by てけすた at 13:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (国内) 小説以外の著書| edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2011年06月03日

寺田寅彦 ちくま日本文学034

寺田寅彦の真骨頂は身近な現象を科学的に捉えるとどうなるか、ということと過去への愛惜であろうと思う。バスの混み方について実際に時計を持ち出して観察したり、神話世界をその土地の地理や天候とを引き比べて考えてみたり、いろいろと面白い。それが、一応の結論や推測を出したものではなくて、これは憶測なのでどなたか研究してくれるといい、みたいなことが書いてある中身の方が発想の飛躍に満ち満ちて面白いのである。こういう態度が科学者としての好奇心なのだろうなとも思う。
それから、過去への愛惜。『銀座アルプス』の昔を偲ぶ様子や、『物売りの声』でもうなくなりつつある物売りの声について書いて、この声を残しておいたらよいのではないかという。

しかし、このご時勢、やはり一番気になったのは最後にある『天災と国防』で、天災についての備えは過去の知恵と、勝手に想定内を設けない態度が必要だという意見はまったくその通りだと思う。思えば、今回の原発事故なんかもこれらのことが軽視された結果なのではあるまいか?
つぶれた停車場などを指して「気象条件などということは全然無視して官僚的政治的経済的立場からのみ割出して決定されてるためではないかと思われるからである」なんていう言葉、全く今の状況にそっくりではありませんか。
この文章は再読だが、みんな一度は読んでおいたほうがいいと改めて思ったのであった。
寺田寅彦 (ちくま日本文学 34)
寺田寅彦 (ちくま日本文学 34)寺田 寅彦

筑摩書房 2009-04-08
売り上げランキング : 75637


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


『天災と国防』というと、講談社学術文庫よりでますね。これもリンクしておきます。
天災と国防 (講談社学術文庫)
天災と国防 (講談社学術文庫)寺田 寅彦

講談社 2011-06-10
売り上げランキング : 58585


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

タグ:随筆
posted by てけすた at 12:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本 (国内) 小説以外の著書| edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
【PR】【Bizoux(ビズー)】公式通販サイト