2011年01月29日

柳生雨月抄 荒山徹

柳生友景は陰陽師にして新陰流の使い手である。彼は崇徳天皇の霊に呼び出され、朝鮮が日本の乗っ取りを霊的な側面から狙っていることを告げられた彼は、助力を請われる。魔界の力を手に入れた彼は朝鮮から繰り出される妖怪たちと対決することになるが、かの集団の中に朝鮮柳生もいたのであった。

陰陽師ということで妖術戦が繰り広げられるので、どちらかというと雰囲気はファンタジーにも近いのだが、戦国時代の人物の動きが妖怪との関わりあいで見事に説明されてる部分は伝奇小説の醍醐味を味あわせてくれる。さらに、それは朝鮮の歴史においても同じであり、これは後々の歴史にまできちんと踏み込んで伝奇仕立てにしているところは面白く読めた。
ただ、時折モスラとかオスカルとかいう名前が出てくるのをどうしてくれよう。これを洒落っ気と見ることができればいいのだけど、どうにもそこはかとなくB級映画の匂いを感じてしまうのであった。
あと、紫の怪光線使いすぎだって。これもまたB級映画風ですな。
ちなみにこれは文庫になってないようなんだが、やはりそこはかとなく漂うチープ感が禍いしているんだろうかとちょっとだけ考えてしまった。
「柳生陰陽剣」というタイトルで文庫になっていた。(2011.9.29追記)

柳生雨月抄
柳生雨月抄荒山 徹

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柳生陰陽剣 (新潮文庫)
柳生陰陽剣 (新潮文庫)荒山 徹

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ラベル:伝奇
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2011年01月27日

苦悩する人間 V.E.フランクル

人が生きている限り誰しも苦悩を抱えたことがあるだろう。なぜ苦悩が人生に起こるのか、そんなことを考える人もたくさんいるだろうと思う。
本書は苦悩についてその意味を解明しようとするものである。主にウィーン大学での講義録だ。
まず、苦悩の意味を考える前に、意味否定すなわちニヒリズムに対する批判を行なっている。
次に、意味解明、最後に人間中心主義と神の擬人主義が陥る危機について述べている。

科学がもたらしたニヒリズムは宿命論によく似ているかもしれない。人間は機械のように分解されて分析される。こういう機能があるからこんな風に働くという感じに。
そのような考え方はすごく威力があり、ある程度有効であることには違いないけれども、もし彼らの説がこれはもうだめだといったとき、人はどうすればよいのであろうか。
フランクルは、このニヒリズムを克服して意味解明の試みがなされなければならないという。そのことは長くなるので本書にゆずるとして、私たちが現存在の意味を実現するのはなんらかの価値を実現することだが、その方法は3つあって、何かを創造する「創造価値」何かを体験する「体験価値」そして最後に耐えること。耐えることについては先の2つの価値の実現から撤退しても、その価値の可能性が制約されていることに対して正しい態度をとるなら、そのときこそ「態度価値」という価値を実現する機会を与えられることになる。それゆえ、最高の意味と価値の可能性に向かって突き進むことができるということをそれは意味している。そしてそれは苦悩だけに秘匿されてる可能性だというのである。
ここに苦悩することの意味が引き出されてくる。

私が一つ印象に残ったのは偶像化についての話である。
絶望している人はまさに絶望していることによって、自分が何かを偶像化していることを秘かに告げていると。
その人は絶望していることによって制約された価値しかないもの、相対的な価値しかないものを絶対的な価値へと絶対化していることを秘かに告げている。
なぜ絶望するのか、それはその人が失ったものが、より高い価値があるもののための、さらに最高価値、絶対的な価値人格「主のための」「場所確保係」にすぎなかったことを認めようとしないからなのだ。
すなわち、失ったものや得られないものが実は代替物であることを認められないとき絶望してしまうのだな。価値の相対化ではないけれども、絶対の価値をこの世にあるもので補えるものなどないということなのだろう。
苦悩する人間 (フランクル・コレクション)
苦悩する人間 (フランクル・コレクション)ヴィクトール・E. フランクル Viktor Emil Frankl

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ラベル:心理学
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2011年01月25日

孟嘗君(全5巻) 宮城谷昌光

韓非子などでちらっと名前を見かけた孟嘗君。あまり覚えてないのだが食客をたくさん抱えていたという人物だと知ったので、そんな人物の小説ならきっと面白いに違いないと思って読み出したら、予想とは違った面白さだった。
なにが違ったかというと、孟嘗君の生涯が全編に渡って長く書かれてるのではなくて、彼を取り巻く人物の何人かにスポットがあたり、彼らの人となりが詳しく描かれていたことである。その筆頭は風洪、のちの白圭であろう。彼は孟嘗君の育ての親であるのだが、その人物は寛容で機転がきき、侠気にあふれている。なんと彼の物語だけで前の2巻を費やしているのだから驚く。しかしそんなことはちっとも気にならないのである。
そして、もう一人の人物があの孫子の兵法でおなじみの孫子である。彼もまた魅力的だ。
こういった人物に囲まれて育った孟嘗君がいかなる人物になるか、それは彼の生涯を全部書かなくても想像できるような、物語の展開である。
全体的に大陸のいろんな国を巡って話がすすんでいくし、推理小説のような謎解きもあって、まさに大衆小説、まさにエンターテイメント。
さくさく読めるのでちょっと軽いと思う人がいるかもしれないが、だからといって、読み捨てられるような軽い内容ではない。
解説は縄田一男氏なのだが、彼が「吉川英治プラス司馬遼太郎」みたいだと述べていたけど国家のあり方と、人生と、生き方についてなんらかの感銘を残す点、そうだなあと私も思った。
孟嘗君(1) (講談社文庫)
孟嘗君(1) (講談社文庫)宮城谷 昌光

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ラベル:歴史小説
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2011年01月20日

荘子(外・雑篇)第二~四冊

ふう、やっと荘子を読み終わった。内篇は前回書いたので今回は外篇と雑篇について。
この2つはどういう基準で分かれてるのかよくわからない。どちらも荘子の思想を拡充して政治や社会について批判したり、内面重視の考えを展開したり、あるいは老子の教えと融合したような論があったりする。
いわば、内篇で述べられたことについての実際社会への言及みたいな感が強い。そこで全体としてはどこか文明批判じみた雰囲気があってこれはこれで面白かった。
なにせ古の良き政治家も、社会に置いて人の本来のありようからはずしたという点で賊などの悪人などとなんらかわるところがないと述べてみたり、作為的な儒のありかたを批判したりと結構痛快ではあるのだ。
なんだか、こういうのを喜ぶ自分ってとことん社会不適応者なんだな。
荘子 第2冊 外篇 (岩波文庫 青 206-2)
荘子 第2冊 外篇 (岩波文庫 青 206-2)荘子 金谷 治

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荘子 第3冊 外篇・雑篇 (岩波文庫 青 206-3)
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荘子 第4冊 雑篇 (岩波文庫 青 206-4)
荘子 第4冊 雑篇 (岩波文庫 青 206-4)荘子 金谷 治

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2011年01月16日

荘子(内篇)第一冊 

荘子を読み始めたが、内篇、外篇、雑篇に分かれていて、荘子本人の思想が綴られているのが内篇だということなので、とりあえず、内篇についてまず感想を書こうと思う。
一読して思ったのは、既成の価値観に疑問を投げかける、結構痛快な思想であるということだ。
現状に満足し、そのまま自分の信じる価値観のもとで生きていけるうちは荘子の内容をそれほど魅力的だとは思わないだろう。むしろ屁理屈をこねているかのような感がするかもしれない。
だが、人生好事魔多し。なにがどうなるかわからない。
クリシュナムルティは自分の理想から転落している自分という状況を指摘してそれが苦しみになることを述べていたけれども、同じく、自分の価値観とはそぐわない状況になったとき、荘子は一服の清涼剤になるのではあるまいか。
それは、この現実社会に存在するいろいろな差別を排除して全てが等しいものだとする万物斉同論と絶対的なものへの帰依(一神教の神に非ず、タオということだと思うが)を説いているからである。非常に宗教的ではあるが、仮に自分がどうしようもないダメダメ人間で落ち込んでいるときに、「無用の用」という考えを知ることは硬直した自分の価値観に一大転換を与えるものではなかろうか。
そういえば、荘子には大工が神木を見て、あれは役に立たないといったときに、その神木が夢の中に現れて、役に立たないからこそ大木になって寿命を全うできるのである、ということを述べた話が出てくるが、ユング派による『人間と象徴』という本にその話が引用されていたことを思い出した。ユングの分析も当時は生きる意味を見失った人々に自分の神話を見出すよう手助けしていたという話を聞く。
荘子の思想にかぶれて全てをごったに考えてしまうのは筋違いであるけれども、自分の価値観というものは一種の方便であって、絶対的なものではないということを知るのにはいいのではないだろうか。
荘子 第1冊 内篇 (岩波文庫 青 206-1)
荘子 第1冊 内篇 (岩波文庫 青 206-1)荘子 金谷 治

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ラベル:諸子百家
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2011年01月13日

白波五人帖 いたてん百里 山田風太郎

江戸の大泥棒日本左衛門とその四天王を描いた連作短篇『白波五人帖』と撫衆と呼ばれる山の民であるお狩さまと元武田の武士関半兵衛が主人公の連作短篇『いだてん百里』の2作合本。
歌舞伎の白浪五人男を見たことがないのでそれと比べての感想はかけないんだが、知らなくてもこの5人の大泥棒たちの末路を描いたこの『白波五人帖』は痛切な筋書きと哀愁漂う彼らの生い立ちもまんべんなく出てきて胸を衝かれる。日本左衛門が自首してきたわけや、弁天小僧の心意気や、南郷力丸の情熱、赤星十三郎の悲恋、そして忠信利平の盗賊にあるまじき真っ当さなど、ここでは彼らを捉えようとする公儀側の人間の非道さが浮かび上がってくるという皮肉な展開。
自己評価は最高ではないものの、私はこの作品が好きである。
もうひとつの『いだてん百里』は山の民が里の人間、おもに権力側の人間の都合によって、陰惨な出来事に巻き込まれてゆくという話。主人公の2人は恐るべき身体能力を持っていて、その能力を生かして、自らに襲い掛かってくる災いに立ち向かってゆく。
5篇のうち地雷火百里の巻ではミステリー出身の山風が大胆なアイデアで唸らせる。人物背景だけをしっかりと描いてこれだけ独立させてもいいくらいの出来。

しかし、この本品切れ中なんだよねえ。忍法帖や明治ものなどにカテゴライズされてないので注目を浴びにくいがいつぞやのマイナー忍法帖よりは面白いと思うんだよ。
白波五人帖・いだてん百里―山田風太郎妖異小説コレクション (徳間文庫)
白波五人帖・いだてん百里―山田風太郎妖異小説コレクション (徳間文庫)山田 風太郎

徳間書店 2004-04
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ラベル:時代小説
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2011年01月11日

幸福論 アラン

アランは幸福になるのは難しいという。
なぜなら、人はルールをつくらないで物事を行なうとどうしても不幸になるほうへといってしまうからなんだそうである。
これは確かにそうだなあと思った。
欲望の果てに得られない苦しみがあり、快楽の先に不毛な退屈さがやってくる。
退屈もアランによれば不幸の元であって、退屈しないで何事か仕事をしている人は不幸だと感じない。
畢竟、幸福とは幸福になろうとする意思を持たないと幸福にはなれない。
人の幸不幸はその人のものの見かたによるものだということをどこかで読んだ記憶があるんだが、わたくし思うに、幸福とは秩序で不幸とは混乱である。エントロピー増大の法則のようにだからほおっておくと人は不幸になるのかもしれない。アランの文章はそんなことを連想させる。
アランは幸福になるためにどうすればいいといってるのか?
一つは悲しみにひたることをやめることであり、そのための方策のひとつとして体操を勧めている。微笑む、肩をすくめてみせる。あくびをする。筋肉を解きほぐすことはこだわりの過ぎた不幸な気分を解くいい方法である。
そして、人を不幸にしないために自分が幸福になること。不幸気分は伝染するからだ。
ところが、人は悲しみを崇高なものとして見てしまうことが多い。

ぼくの結論。よろこびは権威的ではない、若いがゆえに。一方悲しみは王座にあって、いつも過度にあがめられている。そこから言わねばならない。悲しみに抵抗しなければならない、と。なぜなら、よろこびは良いものだというばかりでなく―そのことだって、すでに一応の理由であろう―公平でなければならないからである。いつも雄弁で、いつも権柄ずくな悲しみは、人が公平であることを決して望まない。
(55 泣き言)

ということです。

これを読んだからというわけではないけれども、私は前々からなにか心配事で胸がいっぱいになったときに、「一体、心配したからといって物事が解決するのだろうか?どうせ解決しないなら心配なんぞやめて対策を考えたほうがよくはないか」と自分に言い聞かせるような習慣を身につけるよう訓練している。そういう訓練を始めようと思ったのはいろんな人生訓の本を読んだせいもあるが、今までに読んだ中にアランの考え方を記した本があったかもしれないな。
幸福論 (岩波文庫)
幸福論 (岩波文庫)アラン Alain

岩波書店 1998-01-16
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ラベル:人生
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2011年01月09日

西遊記(平凡社) 太田辰夫・鳥居久靖訳

以前、岩波文庫で『西遊記』(クリックで記事へ飛びます)を読んだのだがそちらの底本には三蔵法師の生い立ちが書かれていなかった。解説を見れば平凡社で使った底本である『西遊真詮』には載ってるということだったのでそのうち読んでみようと思っていたのだ。それから後にコンパクト奇書なるシリーズの体裁で平凡社の西遊記を手に入れたのでさっそくこの正月にざっと流し読みしてみたのである。

以下、以前読んだ岩波文庫との比較になる。
平凡社の底本は通常簡本と呼ばれるのに対し、岩波の底本は繁本といわれるとのことである。なにが違うかというとエピソードが簡単か詳しく書いてあるかの違いだそうだ。
岩波のほうはもうあまり覚えてないのだが、今回平凡社の本を読み返して、ああ、そういえば岩波の方はもっと詩がたくさんあったような気がするな、ということをおぼろげに思い出してきた。具体的には戦闘シーンでやりあうところとか、妖怪の様子を紹介する部分とか、戦う前にお互いが自分を大きく見せようと自慢する部分などである。これが少ないので、平凡社のほうはあっさり戦いが終わってしまって、あまり孫悟空らが苦労して妖怪をやっつけたという感じがしないんだな。
ただ、そういう場面を細かく読むのはだらだらしていて飽きてくるという面もあるので、これは好みの問題だろう。
それと平凡社の本には先ほど述べたように三蔵法師の生い立ちの回があるのに対し、岩波にはないので、概略でもいいから話を把握したいという場合にはやはり西遊真詮のほうがいいかもしれない。
しかし、なんで世徳本(岩波の底本)にはその生い立ちの部分がないんだろうな、と思う。なにせ、平凡社の解説を読むとその本が一番長いのだそうである。
まあ、それはともかく、残念なのは平凡社の西遊記は今どれも品切れで中古品しか手に入らないようである。
奇書シリーズ上下と私の持っているコンパクト奇書1巻だけ紹介しておきます。(コンパクト奇書は全部で7巻ですが)

西遊記 上 (奇書シリーズ 4)
西遊記 上 (奇書シリーズ 4)太田 辰夫

平凡社 1972
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西遊記 下 (奇書シリーズ 4)
西遊記 下 (奇書シリーズ 4)太田 辰夫 鳥居 久靖

平凡社 1972
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西遊記〈第1巻〉 (コンパクト版奇書シリーズ)
西遊記〈第1巻〉 (コンパクト版奇書シリーズ)太田 辰夫

平凡社 1989-11
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ラベル:中国古典
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2011年01月06日

奇縁まんだら続の二 瀬戸内寂聴・画 横尾忠則

奇縁まんだらシリーズは手軽に読めて面白い。もう3冊目も読んでしまった。故人の思い出をエッセイとして書いている瀬戸内寂聴さんの率直な筆致が退屈させないのだ。
それにしてもよくも長く連載を続けているなあと思う。今回3冊目については流石に1、2冊目よりは少し密度が落ちたような回も出てきているのだけど、そうでない部分ではその率直さぶりは健在で楽しい。
ところで、美空ひばりが3冊目に載っていたが、それによれば、マイトガイ小林旭と結婚したのはいいけれど、だんだん尊大になって、とうとうひばりの歌の批判まではじめたとご本人がおっしゃっていたそうだ。
なんだかマイトガイすごいな、あの美空ひばりの歌を批判するとは!
人気や才能に対する嫉妬もあったのでしょうかねえ。

奇縁まんだら 続の二
奇縁まんだら 続の二瀬戸内 寂聴

日本経済新聞出版社 2010-11-23
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せっかくなので、前の2冊も紹介しておきます。

奇縁まんだら
奇縁まんだら瀬戸内 寂聴 横尾 忠則

日本経済新聞出版社 2008-04-16
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奇縁まんだら 続
奇縁まんだら 続瀬戸内 寂聴 横尾 忠則

日本経済新聞出版社 2009-05-16
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2011年01月03日

老子

老子はなんとなく好きなのだな。抽象的で逆説的な表現はいろんな解釈を許すし、わけがわからなくてもなんとなくありがたいような気分にさせる何かがある。
人間の理性を重んじ、また信じた儒家や法家とは違ってここには人間の賢しらさを戒めるような箴言が見て取れる。人間の理性とは突き詰めるところ欲望を止める欲望といった欲望の変形したものに過ぎないのではないかと私なんかは思う。とはいえ、ヒューマニズムは嫌いではないから儒家や法家の理論もそれなりに納得はするのだけど、人間が生きるということを真剣に考えていったとき、老子のいうところのタオが象徴しているように思われてならないのである。

老子は2冊本を持っている。
20世紀後半に2つの老子テキストが出土してそれまでの研究を大きく変えたのだが、両方ともその新しく出土したテキストも参照にしながら訳注を行なった本である。
一冊は4~5年ほど前に購入した地湧社発行の『老子(全)』でこれは中国人の王明が訳している。
もう一冊はこの間購入した岩波文庫の『老子』で蜂屋邦夫訳注とある。
初めて購入した王明さんの本は訓読文はついていない。自分は訓読文は苦手だし、中国人が訳したならばより中国のものの見方にそった訳をしてあるのだろうと思って購入した。
ところが、これがちょっと砕けすぎというかあまりありがたみがないのである。なんとなく不満が出てきた私は、岩波文庫を新しく買いなおしたのであった。
岩波の方は流石に学者が書いてるだけあって、訓読文から細かい注釈までついている。このごちゃごちゃ感は根気がなかった昔なら読めなかっただろうが、最近はきちんと根気がついて読めるようになったのでこれは有り難かった。

2つの本の訳の違いは意訳と箴言風訳といってもいいかもしれない。
王明さんの訳は注釈をつけないという方針もあって、説明なども全部訳の中に投げ込んでいる。そのためえらく散文的。だが、注釈が面倒だし、難しい言葉がわかりにくいという人のためには何が書かれているかということが把握しやすいかなとは思う。
岩波の蜂屋さん訳は箴言的で説明などは注釈に回っているために、原文に忠実である。
たとえば、
治大国若烹小鮮(大国を治むるは、小鮮を烹るが若し)

という文の訳は王明訳だと
大国を治めるには小魚を煮るような細やかな注意深さが必要である つまり心穏やかにしてあまり突っついてはならないのである。

と原文にないような説明までが取り込まれているのに対し
それに対し蜂屋訳では
大国を治めるのは、小魚を煮るようにする。

だけであり、あとは注釈で小魚を煮るときには、形を崩さないように、つつかずにそっと煮る。と説明している。

さらに、今の例は同じような訳だが、違う解釈をされてる部分もある。
天下皆知美之爲美、斯悪已(天下、皆美の美たるを知る、斯れ悪なるのみ)

という部分では王明訳が
世の人々があることを美として認識するのはすでに醜さが存在するからである

に対し、蜂屋訳では
世の中の人々はみな美しいものは美しいと思っているが、じつはそれは醜いものにほかならない。

となっている。果たして、醜さが存在するから美しいものがわかるのか、美しいと思ってるものが実は醜いものなのか、という解釈は全然違うものであって、言葉の難しさを感じる。
衝撃度からすれば、蜂屋訳のほうが大きいが、醜いものがあるから美しさがわかるという相対的見方はわかりやすくて受け入れやすいのではないかと思う。まあでも老子の逆説的なものいいからすれば蜂屋訳の方が自分はしっくりくるかな。

老子(全)―自在に生きる81章
老子(全)―自在に生きる81章王 明

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老子 (岩波文庫)
老子 (岩波文庫)老子 蜂屋 邦夫

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ラベル:諸子百家
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2011年01月02日

アラスカ物語 氷原 新田次郎

今NHKで坂の上の雲をやっているせいもあって、明治時代の人間にちょっと関心がある。この『アラスカ物語』の主人公フランク安田も明治時代の人間である。
いやいや、すごい人がいたもんだ。アメリカの沿岸警備船ベアー号の乗組員として働いていたフランクは食糧不足というトラブルに巻き込まれて、単身アラスカの氷原を歩いて救援を願いに行かなくてはならなくなる。遭難しかかったところをエスキモーに助けられて無事に使命を果たしたが、船での人種差別に嫌気が差してそのままアラスカに残るのである。そしてエスキモーと生活を共にするようになり、やがてくる困難に彼はエスキモーの希望のリーダーとして住民大移動の指揮を執ることになるのである。
フランク安田はきかん気が強くて言い出したことは絶対に曲げない。そして東北人らしい粘り強さで数々の困難に立ち向かってゆく。
ここに描かれているのはそうしたフランクの凄さのほかに、20世紀に入ってから機械化されあちらこちらの資源を蹂躙していく列強諸国に住む人間が先住民を危難に陥れてゆくような体制のことがある。日本国家もこの時期列強諸国に負けんとしていた。フランクは明治の日本を知らずに先住民と共に生活したにもかかわらず、なぜか明治の熱い情熱を思い起こさせるような人物だった。
この時期日本は確かに若かったし、そこで生まれ育った人間はやはり明治の気風を存分に受けていたのだと思った。

この小説は昔出版された全集で読んだのだが他に短篇が5つほど収録されていてそちらも面白かった。
収録されていたのは『氷原』『非情のブリザード』『北方領土』『氷葬』『真夜中の太陽』

アラスカ物語の文庫本だけ紹介しておきます。

アラスカ物語 (新潮文庫)
アラスカ物語 (新潮文庫)新田 次郎

新潮社 1980-11
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