2017年11月15日

なんだかわからない混乱

自分は何も信じられないと思うのだけど、にも関わらず自分自身はどこか大丈夫だと信じているところがあるんだな。
で、今ふと思ったのが、悪い意味での「自分は死なない」というところじゃないかということだ。

死ぬことを忘れて、永遠に生きているという感じをずっと持っていて、たぶんそれがそろそろ違うのではないかと感じ始めているのかもしれない。
で、死ぬことを意識するのはとてもつらい。誰もいないし、何も信じられない。

頭で想像することは、必ずしも実体験と同じなわけではなく、、いやむしろ違うことの方が多くて、だからこそ、「この肉体」での死がどうなるのか戦々恐々としている。
死ぬことは勇敢なことなのだろうか?

そうだ、なぜこんなことが浮かんできたのかわかった。
私は戦争で命を懸けて戦うことに疑問を持ち始めているんだ。

posted by てけすた at 18:59| Comment(0) | 本 (その他雑談) | 更新情報をチェックする

2017年10月31日

1999年6月8日の新聞記事(スポーツ欄)

タンスの整理をしていて、古い新聞に出会う。
日付はタイトルの通り
「1999年6月8日」(画像クリックで原寸大がでます)
KIMG0399.JPG

ツインタワー

という文字が、時の流れを感じさせる。
まだそんなことが起こるとは夢にも思わなかった、その時代。
posted by てけすた at 18:29| Comment(0) | メディアいろいろ | 更新情報をチェックする

2017年10月29日

ニコッとタウンのフリマ

最近ニコッとタウン(通称:ニコタ)のアバターをつけてからぼちぼち遊んでいたのだが、フリマに少しはまっている。
ハマるといっても、大々的に参加していないが、出品されているアイテムを眺めているのはなんか面白い。

フリマでは匿名のため、誰が出品して、誰が応募しているのかはわからない。そして24時間に1つしか出品できない。
ところが、時に、同じ出品メッセージがずらりと並ぶことがあって、びっくりする。アイテムはそれぞれ違うけど、同一文章のメッセージが並ぶと不気味である。考えられるのはグループで一斉に出品するか、複アカウントで出品すること。まあ、私の頭ではそれくらいしか思いつかんが、シンクロとか(笑)
あれ、どんなふうになってるのか知りたいが、ニコタのブログでは気が引けてちょっと書けないわ。とか言いつつ、アバター設置していたらここに書いても同じことなんだが。


もう一つ。あるアイテムが出品されて、あまり時間がたたないうちに、また同じアイテムが出品されているとき。流通しているものが多いと、別に気にならないが、初期のアイテムなど目立つ場合、最初に見たアイテムが一覧表から消えていると、新しい出品が落札してすぐ出品したのではないかという、疑惑にかられる。
そして、ひとり
「まるで土地ころがしのようだ…」
と、かつてバブルで踊った年代のわたしがつぶやくのだった。

ああ、すっきりした。
posted by てけすた at 16:31| Comment(0) | ネット 雑談 | 更新情報をチェックする

2017年10月02日

復讐しているつもりではない

凄く厳格な食事療法をしているわけではないけど、乳製品や甘いお菓子、さらにカフェイン、こういったものを制限したときに、外食や外での社交場において、食べるものが一気に減ってしまう。
これらの摂取制限を始めてからしばらくしたときに、集まりで居酒屋に入ることがあり、この時自分は少し不安を覚えたが、まあなんとかなるさ、みたいに言い聞かせて出かけたのだが。

大変でした。本当に外食って乳製品の割合が多い。あまり食べないのも変に思われるから食べたけど、帰ってきてから次の日いきなり体調悪くして、食事ってほんとてきめんに現れるなあ、と思った。

今、またそんなことを思いだしたのも、つい先日とある集まりで食べ物の話になり、特定のものを食べないビーガンの人とかそういう話題になったからで、まあ、そういう人たちもいろいろ大変なんだなあ、とか思ったりして。


食事の改善を始める前は、そういう人たちのことあまり考えなかったなあ。食べ物なんて柔軟になんでも食べた方がいいに決まっている、という考えが染みついていたからそういう人たちのことをあまり理解できなかったんだよね。


まあ、自分は肉はOKなんだけど、もし肉をNGにして過ごし、また肉を食べたら体調悪くするかもなあ、とかこの頃思うのよ。
もちろん、肉NGが体質に合わなくて肉OKにしたら体調が回復した、ということもあるだろうから、それは人それぞれだけど。


そんなことを考えているうちに、モンテ・クリスト伯を思い出した。
http://tekesuta.seesaa.net/article/119825162.html
無実の罪で投獄された主人公が牢屋の中で必死に勉強して脱獄したあと、伯爵としてその投獄に関わった人々の前に現れて彼らに復讐を図るのだけど、彼はそういう人々のところへ出入りするとき、絶対に彼らのところの食事を口にしないわけ。


こういうことを思い出すから、社交の場でなにも食べないのもいかんよなあ、とかちょっと参ってるんです…
モンテ・クリスト伯 7冊美装ケースセット (岩波文庫)モンテ・クリスト伯 7冊美装ケースセット (岩波文庫)
アレクサンドル デュマ 山内 義雄

by G-Tools


posted by てけすた at 20:10| Comment(0) | 本 (その他雑談) | 更新情報をチェックする

2017年09月29日

戦争について

時節柄、なんとなくドナルドキーンの著書を紹介したくなった。もちろん、『日本人の戦争』である。
この本を読んだのは2012年の春のことだった。その時は作家のいろんな目が戦争とはどういうものかというイメージを膨らませるのに助けになるなあ、と感じた。
http://tekesuta.seesaa.net/article/259577566.html


今、この時期、この作家たちの日記をどうとらえるか?
なんだろう、やっぱり、なんとなく若き山田誠也の心情に複雑な思いを馳せる。
ドナルドキーンは序章でこんな文すら書いているのだ。
山田風太郎の日記を読んでわかったのは、それまで人は読んだ本によって自分の性格や信念を形成すると思っていたわたしの考えが間違いであるということだった。山田とわたしは、ほとんど同じ時期に同じ本を読んでいたにもかかわらず、二人の世界観は根本的に違っていた…(下線は記事投稿者による)


2012年に読んだときにはさほど注意を払わなかったこのくだりが、今の時期、非常に強く思い出される。
同じ本を読んでもこれだけの違い!
日本人の戦争―作家の日記を読む (文春文庫)日本人の戦争―作家の日記を読む (文春文庫)
ドナルド キーン Donald Keene

by G-Tools



最初は共通項としての観念が形骸化して水面下で別の疎外が進行しているとき、そのバランスを修正する最後の手段が暴力による破壊だとこの頃思う。
中井久夫が「戦争と平和についての観察」という一文で、こんなことを書いている。
平和時には戦争時には大目にみられるか隠蔽される不正がおおく明るみに出されるから慢性的な不満にさらされることになる。こういう状態で年月が経過していくうちに戦争を体験したことの無い世代が政治を握るようになり、心理的抵抗が下がっていく。加えて民衆の方でも慢性的な不満がくすぶってる中で、やはり政治家と同じ意味で心理的抵抗が薄まっていくから、戦争体験者からしたら些細なトラブルが、重大な侮辱などに受け止められ、「ばかにするな」「なめるな」という大合唱になってきたことか。
そして、ある日、人は戦争に直面する

と。
http://tekesuta.seesaa.net/article/309682872.html
樹をみつめて樹をみつめて
中井 久夫

by G-Tools


posted by てけすた at 19:31| Comment(0) | 本 (国内) 小説以外の著書 | 更新情報をチェックする